隅田川河川敷の話

天気が良いので船に乗ります

天気が良いので船に乗ります
昨日から明日まで、東京ビッグサイトで情報セキュリティエキスポを開催中です。勤務先が出展しているのと、いくつか緊急で集めたい情報があったので、行ってきました。

ビッグサイトは、ゆりかもめ、りんかい線、バスが主要交通網です。しかし、一時間に一本という、少数運行ながら、水上バスもあります。

久しぶりに、とても天気が良いので、水上バスに乗って移動しています。

日の出桟橋まで15分、日の出桟橋から浅草まで40分、計1時間弱の船旅です。

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速読やロジカルシンキングの前に、生き延びるためのたくましさを身につけよう

この記事で書いた大型バイクにひかれた男性は、翌日に亡くなりました。亡くなった男性を助けようと道路に飛び出した男性は、逃走するバイクに鞄を巻き込まれ、左腕を複雑骨折し、今週の金曜日に手術を受けることになりました。

二人をひき逃げした犯人は、逃亡を続けていましたが、事故から丸3週間が経過した今週の日曜日に逮捕されました。賠償能力など全くない若者が犯人でした。

左腕を複雑骨折した男性は、日雇いの土木作業員です。手術から数ヶ月は仕事ができません。もちろん、失業保険などありません。

区役所の福祉担当や病院の担当者に聞いても、「交通事故は加害者がいるので福祉では担当できません」と言われ、どうしたらいいのかと呆然としていました。

そこで、交通事故の被害者救済の政府保証事業の概要を説明しました。

一昔前は、加害者に経済力がなかったり、ひき逃げにあった被害者は泣き寝入りしかありませんでした。今は、国の保証事業があります。しかし、この制度は2年間しか申告期間がありません。山谷には、ひき逃げや交通事故の被害にあったことが原因で家と仕事を無くし、路上や簡易宿泊所で生活をしている人がたくさんいます。数十年前のひき逃げ事故が原因で路上で生活をしている人は使えません。

とはいえ、この男性は、この制度を使うことができます。

病院や区役所のソーシャルワーカーがこの制度を知らないはずがありません。しかし、説明していませんでした。多くのソーシャルワーカーの労働環境は、生活に困窮している人に最低限度の情報提供をする時間的・精神的ゆとりもありません。これが、日本の福祉の現状です。私たちは、いざとなったときに、どこに行けばどういう情報を得られるのか、という程度の、最低限度の生き延びる知恵を、普段から身につけておかなければいけません。

今週号のSPAでは、まるで生活保護を受けることが簡単であるかのような多大な誤解を与える特集がされています。しかし、現実問題として、東京都台東区や荒川区に現住所がある若年者は、障害手帳を持っていてさえ生活保護を受けることができません。

また、生活保護を受けて遊んでいる、と記載されている人たちが、なぜ働かないのかについての記事は、あまりにも偏りがあり、少なくとも私が知っている多くの生活保護受給者の現実とは異なります。

おそらく、このブログを読んでいる大半の方は、生活が困窮した場合に公的支援を受ける方法を知らないと思います。生活保護という言葉は知っていても、若年者(笑っちゃうことにこの場合の若年者の定義は65歳未満です)が受給するためにはどういう団体と関わらなければ行けないのか、その結果としてどういう人生が待っているのかまでは知らないと思います(一般大衆紙が特集することはありませんから・・・。興味を持たれた方は、ネットでいろいろ探してみてください。)。

ひき逃げされて、働けなくなっても、あなたは屋根がある家に住み続けられる自信がありますか?

速読や、ロジカルシンキングの練習も大切ですけれど、生き延びるためのたくましさを育てることを忘れてしまっていないでしょうか?

論理的な思考力や、株の投資、お金の儲け方、こういう知恵や知識を増やすのも悪くはないと思います。しかし、こうした知識は、生きる力、生き延びる力があってこそ、発揮できるものだと思います。

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ネコがたくさんいる街

今日は、山谷伝道所で礼拝に出席しました。

山谷伝道所には、マルコとルツとヨハネ(通称ゴン)という3匹のネコがいます。

山谷伝道所の周辺を歩くと、1ブロックごとにネコに出会えます。飼い猫なのか地域ネコなのか野良なのか不明ですが、あまりやせ細ってはいません。

自転車を押しながらワンカップ大関を飲んでいるホームレスの男性の足元に、きれいなシマネコがまとわりついて、ニャンニャン鳴いていました。

「ご飯あげてるんですか?」と聞くと「時々あげてるけど、今は酒しかないんだよお」とニコニコしながら答えてくれました。

このネコちゃんは、昨年末に引越して出て行った御宅が置いていってしまったそうです。地元の人たちと、ホームレスでご飯を上げて面倒を見ているのだそうです。

「前はもっと丸々太ってたんだよね。今年に入ってずい分痩せたんだ。」と言います。

別に痩せているわけではなく、どちらかというとちょっと太めのネコちゃんです。以前はずい分太ってたみたいです。

人に馴れているし、毛並みも良いし、今よりも太っていたということはご飯もたっぷりもらっていたのだとおもいます。

そんなに大切に一緒に暮らしてきたネコを、引越しをするからって、捨てていってしまうものなのでしょうか。

このネコの元飼い主は、今、どういう気持ちで暮らしているのでしょう。

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杖を渡してきました

杖をくださった方には、どういう方にお渡しさせていただいたか、ご連絡をさせていただいています。しかし、匿名で杖を下さった方がいらっしゃいます。その方が、ここを読んでくださることを、心から祈っています。

お送りいただいた杖を、右足が不自由な方にお渡ししました。杖をついて歩きながら「杖があると安心する」とおっしゃっていました。

この方が、足が不自由になったのは、今から30年近く昔に、ひき逃げにあったためです。右足大腿骨の複雑骨折による金属パネルによる骨の固定と、右足指の切断をしました。犯人は捕まらなかったそうです。

体を使うお仕事をしていらっしゃったそうで、失業し、その後はなかなか仕事に就くことができず、ホームレスになったそうです。

今はひき逃げ犯がつかまらない場合、政府保証制度により被害者は救済されます。当時この制度がなかったのか、本人が知らなかったのかは不明ですが、この制度は時効が2年なので、30年前の事故に適用することはできません。

このサイトを読んでくださっている多くの方が、どちらかというと、コンピュータやインターネットを使いこなしている方だと思います。ですから、右足が不自由だから働けない、ということが、ぴんとこないかもしれません。実際問題として、私自身が、右肩と右腕に可動障害がありますが、仕事には何の支障もありません。

しかし、土木作業や溶接の技術者として働いてきた人が、足が不自由になったらどうなるでしょうか?足場が悪い現場に行くことができないですから、当然、職種転換をしなければいけません。

ここで難しいのは、自分の責任がない被害で体に障害を負ってしまった、ということに対して、「自分が悪くないのに、何でそんな苦労をして新しい、どうなるか分からないことに取り組まなきゃいけないんだ」という被害者意識に囚われないでいられるかどうか、という点です。

はっきり言いますが、ここまで普通に仕事をしている私でさえ、生まれつきの障害という自分に一切責任がない障害に対する被害者意識を払拭するまでには、相当な労力と時間がかかっています。

ましてや、仕事がうまくいっていない、家族も離れていった、という人が、被害者意識を克服するのは相当に困難です。

被害者意識に囚われていても、何もメリットはありません。それでも、感情をコントロールするのは、とても難しいものです。怪我の痛みとリハビリのつらさに耐えながら、感情面でも、被害者意識と戦わなければいけません。しかし、ケアワーカーは心の痛みと向き合うだけの余裕はなく、短時間の面談で「リハビリして、技術研修を受けて働いてください」と一方的に伝えてきます。

そのときに「そのとおりだ、リハビリして働こう!」と思うか「ふざけんな、どうして自分がそんなことしなきゃいけないんだ」と酒やギャンブルに逃避するかは、その場になってみないと、誰にも分からないような気がします。

「そのとおりだ、リハビリして働こう!」と思っても現実問題として、高度技術を持たない場合、障害者が得られる仕事は限られます。仕事が見つからないことも多々あります。一度は見つかったとしても、頻繁にしびれや痛みが襲って、仕事を止めざるを得なくなりがちです。

そのときに「またがんばろう」と思うのか、少しずつアルコールに囚われていくのかは、本当に、その場になってみないと、分からないと思います。

これは、誰の身の上にも起こりえる出来事ではないかと感じています。

私達が杖を届けている人たちは、決して、単に怠惰だから路上で生活しているわけではありません。送っていただいた杖を、文字通りの「支え」として、これから生活を立て直したい、という思いを心にヒッソリと抱えている人たちです。

お手元に、余った杖がありましたら、ぜひ送っていただければ、と心からお願いいたします。

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杖(ステッキ)が余っていませんか?

山谷の人々に奉仕する会では、毎週日曜日に東京都台東区の玉姫公園(通称 山谷)という場所で、給食活動にあわせて、ホームレスの方々の治療をしています。

毎週300人ほどの方が給食に来られます。彼らが歩いている様子を見ると、足首がほとんど動かせずすり足でしか歩けない方、外反母趾がひどく足を地面につけられない方など、明らかに歩き方がおかしい人の方が多いことに驚きます。ホームレスの90%以上が、何らかの動作障害を抱えています。

飲酒のうえでの事故や、喧嘩などによる怪我もあるにはありますが、実際には土木作業による怪我(労働災害)が原因という方が少なくありません。日雇いで働き、怪我をしたら切り捨てられ、働くこともできずに路上生活になった、という方が、とてもたくさんいます。

作業中にふくろはぎを大怪我しその怪我をかばって歩いていたために(おそらく)コンパートメント症候群になっていると思われる方の応急措置をしたこともあります。この方の場合、怪我で仕事をできなくなった時に、寮を追い出され、貯金もなかったため路上で生活を始めたそうです。

私自身、労災で右手を大怪我した際に雇用主に騙され、それからの半年間の生活に途方にくれたことがあります。店の評判にかかわるから店内で大怪我をしたということは言わないで欲しい。どうせ契約社員は労災を使えないのだから、病院では家で怪我をしたと言うようにと指示され、馬鹿正直にそれを守ったのです。

18-9歳にかけてのこの時期のこの経験が、今の私を作ったともいえるので、恨んではいません。(以前に経緯を記事にしているのでご参照ください。)しかし、それは私の場合、良い方向に転がったからというだけで、多くの労災隠しの被害者は、怪我の後遺症と怪我の期間の路上生活でその後の人生がガタガタになります。

一度路上で生活を始めると、冷えと栄養失調で、あっという間に体はがたがたになります。1ヶ月も路上で暮らせば、膝も足首も曲がらなくなります。

路上生活のきっかけとなった怪我自体もきちんと直していない人も多く、きちんと固定さえしていれば、、、、という骨の変形を頻繁に見かけます。

国や組織に対する不信感で病院には行きたくないという方や、病院に行ってみたけれど治療を拒否された、という人がたくさんいます。

そのため、歩行が困難な人がたくさんいます。彼らに、杖を届けたいのです。

衣類や食糧は寄付で集まるのですが、杖は一般の寄付の呼びかけでは、なかなか集まりません。

そこで、比較的高齢者で杖を持っている人が集まる接骨院の中で、寄付を呼びかけていただけないか、と思い至りました。そのため、複数の接骨院に呼びかけたのですが、とても残念ながら興味をもってくださる院がすくなく、なかなか杖が集まりません。

主旨にご賛同いただけましたら、周囲で杖を使っている方に、予備の杖がないか聞いていただけないでしょうか?

また、A4版のポスターを作りました。学校や会社、教会でこちらを張っていただければうれしいです。(スタッフという文字を、あなたのお名前に書き換えてください。)

http://www.kitanet.ne.jp/~iwan/1st.pdf

誠に勝手ながら、送料はご負担いただければと思います。

送付先
〒114-0013 東京都北区東田端2-8-2  らくらく堂鍼灸整骨院 前田
http://2raku.com/tnp_htabata.html
または
〒111-0022 東京都台東区清川2-18-3  山谷の人々に奉仕する会
http://blogs.yahoo.co.jp/sanyadendousyo

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白髭橋、浅草雷門経由 秋葉原

山谷からバスで市ヶ谷に向かっています。

秋葉原駅行きのバスで隅田川沿いを走り白髭橋を右折、浅草雷門を経て蔵前まで。蔵前で大塚行きに乗り換えようと思っていたら、うっかり降り損ねました。

今、まだ秋葉原駅行きのバスの中です。

さて、この先 どうしたもんでしょう。

財布を持っていないので手持ちの資金は、都バスの定期券とモバイルスイカ900円です(苦笑)

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吉原大門の前で小学校の担任に会ったことがある子供が成長すると、、、

私のような大人に育ちます(笑)

私の外見や、普段の仕事内容を表面的に見て、私が青山だとか恵比寿・代官山にいるような誤解をしている方がいるようですが、実際には根っからの下町の人間です。

私は、尾久、荒川、三ノ輪、日本堤、清川といった隅田川沿いの町に生息しています。佐賀の電気が通っていないド田舎で生まれ、その後は隅田川沿いの河川敷で生活しています。

永井荷風、樋口一葉をこよなく愛している、と言えば文学好きな方なら、だいたいの人物像が分かるかと思います。

小さい頃から、河川敷や公園のブルーテントや、昼間から路上で開帳する丁半ばくちは日常的に見かける生活の一部でした。吉原の横を通っていれば、大人に対する尊敬というのはあんまり醸成されないものです。このエリアの子供は、比較的早熟で、そして大人達の二枚舌を知っていますから、あまり大人の言うことを真剣に受け取らない、親をあまり尊敬していない子供が多いのではないでしょうか(苦笑)

山谷の記事を読んで、私がボランティアで山谷で何かをしていると誤解した方がいたようです。そうではなく、山谷は私の生活圏の一部なのです。

しかし、私が小さい頃、山谷(日本堤、清川、東浅草)は日雇い労働者の町であって、ホームレスの町ではありませんでした。

山谷は、日本の戦後の復興を支える労働力の中心でした。出稼ぎ労働者が、集中して寝泊まりをして、短期間で稼いでは故郷に帰っていく。そういう町でした。

活気があって、喧嘩っぱやくて、柄が悪くて、小学生にとっては、怖くて自転車を全力でこいで通り過ぎる、そういう町でした。

それが、私が高校生の頃から少しづつ何かが変わってきました。

そして、バブルがはじけ、その「何か」が何であるかがハッキリしました。

高齢化です。

バブルのさなか、若い労働力は、肉体労働から離れ、比較的楽だと思われる、しかし手に職が付かない仕事を選んで就業しました。結果として、日雇い労働に従事する土木作業員は、急激に高齢化していきました。

そのため、「活気があって、喧嘩っぱやくて、柄が悪くて、怖い」と感じていた町の雰囲気から、少しずつ活気が失われていたのです。

そして、バブルがはじけ、建設着工件数が激減した時、山谷の簡易宿泊所で生活する多くの日雇い労働者達は、簡易宿泊所の費用を支払えなくなり、頼る身寄りがない人たちは、公園や路上で生活し始めたのです。

路上に出てきた彼らを見たときに、激しい高齢化に愕然としました。

これが、私が小学生の頃に吉原(という地名はもうないですが)で女性達をからかっていた人たちと、同じ集団だとは思えませんでした。

その上、東京都は町並みのクリーンナップと称して、地下街や東京の中心地区から、路上生活者を山谷の簡易宿泊所に集め始めました。

そして、今のような、働きたくても今までの過酷な肉体労働や、習慣的な飲酒による深刻なアルコール依存により、働くことができない人たちが集まる町になってしまいました。

東京都や台東区、荒川区は、自立支援と称して技能講習を提供しています。しかし、この講習を受講するためには、文字の読み書きから修得しなければいけない人、まずは身体の痛みを解決しなければいけない人がたくさんいます。しかし、特別予算すら使いつくした台東区には、もうこうした人たちに対して生活保護手当を支給する余裕もありません。

私だけではなく、このブログを読んでくださっている、多くの方が日々歩いている道路、歩道橋はどうやって出来たと思いますか?重機類が入ることができるようになるためには、どうやって障害物を撤去すると思いますか?

今までに暮らしてきた家の基礎工事は、誰がしたのでしょうか?ネコ車をおして、コンクリートを運んだのは誰でしょうか。その人が、その工事で身体を痛めて働けなくなって、今は路上で寝ているかもしれません。

先日、アウトドアスポーツの専門店で冬山登山をする方々とお話をする機会がありました。路上生活の日常を説明したところ、冬山登山の登山隊の方が口を揃えて「自分達の体力では3日持てば良い方だと思う。苛酷すぎる。」と言いました。

冬山登山のエキスパートであっても「健康を維持できるのは3日」と言う生活を、関節に持病を抱える人たちがしています。

この町で暮らすには、2つの方法があります。

朝晩の町を歩く時に、目線を上に向けて、路上を見ず、何か目に入っても、見ないふり、気づかないふりをするという方法。

もう1つが、しっかりと彼らの生活を直視するという方法です。

私の生活の中には、常に路上で寝ている人たちの姿があります。そして、彼らの多くが野良猫の面倒を見て、少ない食糧を分け与えている姿を見ます。

しかし、ホームレスは当たり前ですが天使などではありません。日常的に飲酒をしているため、少しでも腹が立ったり意見が対立すると感情的になり、すぐに喧嘩になります。カッターを振り回し、路上で排泄をし、生協の宅配食糧を持って行ってしまいます。

こういうこと、全てが、私の暮らす町の日常生活の一部なのです。

私という人間ができあがる過程で、この町で暮らしてきたということが与えている影響ははかりしれないものがあります。高度成長経済時に使い捨てにされた労働者達は、私が所属する地域コミュニティの主要メンバーの一員です。

ボランティアというのは、自分と関係のない人たちのために何かをすることだと思います。

しかし、彼らは私と同じ地域のコミュニティのメンバーであり、他人ではありません。

彼らがアルコールから離れ、健康を取り戻し、地域の労働力と消費者として戻ってくるまで、私のふるさとである隅田川河川敷地区の活性化もないと感じています。

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年末が近づいてくる

年末が近づいてきます。

寒さが増してきます。

会社員にとっては冬季賞与といううれしい時期です。

冬季賞与は「これから出費がかさむ時期だから、一時金を支払ってあげよう」という日本の習慣に基づいて始まったわけです。

ですから、自営業者や失業者の中には、これからの時期は本当に爪に火を灯すような倹約が必要になる方がたくさんいるのです。(私も社会人になって以来、一度も冬季賞与がある会社に勤務したことがないですが・・・)

友人が、命の電話という自殺防止ラインのカウンセラーをしています。彼女がいうには、クリスマスから年始にかけては、一番電話の本数が多いそうです。それは、金銭的な厳しさから自殺を思いついたり、忘年会の人の波の中で、ふと孤独を感じる人が多いからなのだそうです。

また、年末が近づくと、忘年会などで夜遅くまで町に人があふれます。そのため、普段、公園や店先で寝ているホームレスは行き場所がなくなって、立ち往生します。猫達も、普段だったら落ち着いて町を散歩できる深夜にも、酔っ払いに追い回されます。

町が活気を帯びる一方で、確実に、その活気の影に追いやられる人たちがいます。

今年は景気が回復し、冬季賞与が増えるようです。それは、中産階級にとってはうれしいニュースでしょう。

しかし、そうやって町に繰り出す人が増えれば増えるほど、本当に地に這いつくばるようにして、必死に生きている人たちが、生きることすら許されなくなるのです。

クリスマスのイルミネーション、なかでも特にヒイラギの飾りを見れば、私はイエスキリストが十字架の上で流した血を思い出します。そして、このイルミネーションの影で、誰からも心を傾けられず、闇に追いやられる人や動物達を思い出します。

楽しげな人たちを見ると、その裏で死んでいく人たちの影を見るのです。

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山谷にて

本日は、山谷伝道所で礼拝を守らせてもらいました。山谷伝道所は、私が所属する母教会と同じく、日本キリスト教団の東京東教区にある伝道所です。

帰りがけに、猫と遊びながら雑談をしていたら「銀座から新宿までって、結構距離があるよね」と言ったら「そうだね3時間かかるなぁ」と即答されました。

その場では、ただ頷いたけど、思い出しても、悲しくて涙が出てきます。

片道3時間かけて炊き出しに行く日々の中、3000円のドヤ費を稼ぐことすら困難です。しかし、これから年末にかけて都は、彼らを町から追い出します。

どこに行けというのでしょうか?何を食べろというのでしょうか?

裸足に近い底の減った靴で、コンクリートを6時間歩いたら、足腰には激痛が走ります。

こんな痛みを抱えながら、どこで働けというのでしょうか?

どうか、無視しないでください。どうか、心を傾けて下さい。

これから、本格的な冬を迎えます。

どうか、電車に乗る時に、その距離を歩く人たちのことを思い出して下さい。

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ひどすぎる

通勤途中に院外処方薬局があります。今朝、この薬局の前を通りかかったところ、燃えるゴミの袋がありました。

中身は、印字エラーになった処方箋と薬袋でした。

氏名と処方薬が全て読めます。

中には、デパスやリタリンという文字もありました。

私が住んでいるマンションの方がクラリチンを処方されていることも分かりました(クラリチンで良かった、というべきでしょうか?)。

薬局の人に写真を見せて注意したのですが、アルバイトのと思われる女性は「ちゃんと破ってますよ」と言っていたので、印字エラーになった処方箋を4つに破って捨てるというのは毎日の標準業務手順だったようです。

私とその女性が話しているのを見て、奥から出てきた薬剤師が、事情を察して外からゴミ袋を回収してきました。この薬剤師が言うには「シュレッダーはあって、スタッフには患者さま名が入っているものは全てシュレッダーするように指示している」とのこと。

指示するだけで結果を確認しないという、典型的なマネジメントシステムの欠陥ですね。

ゴミ袋の写真を撮りましたが、アップできるものではないので、担当保健所に送って削除しましました。(保健所は近日中に現地に行くと行っていました。)

これが一般薬局の患者さまへの意識ということなのでしょうか。ひどいですね。

さて、朝からこんなことをしていて、私は出勤時間に間に合うのでしょうか(苦笑)

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