素敵な人から学ぼう

カラダの中心に筋肉がつくと、メンタルも強くなります

「カラダの中心に筋肉がつくと、メンタルも強くなります」

今年のミス・ユニバース「森 理世(もり りよ)」さんが、雑誌JANE(ターザンの姉妹紙として秋から定期刊行予定の雑誌の臨時号)の巻頭記事で語った言葉です。

ストイックに体を鍛え上げ、趣味の域を超えたスポーツやステージアクションの世界を目指したことがある人であれば、心と体の実感を持って納得する一言ではないでしょうか。

  • 自分の体を自分が思うとおりにコントロールできているという実感
  • どこをどうトレーニングすればイメージを形にできるのかを考えつくして、コツコツとトレーニングを続けた結果、出来上がっていくカラダ
  • そのカラダを使って行う競技、表現
  • フィールドやステージの上で頻発する想定外のアクシデントに対応するための即時の判断
  • 怪我や障害を克服するための努力

カラダの中心の筋肉が、私たちに与えてくれるのは、運動しやすいだけのカラダではなく、どんな場面でも対応することができるメンタル力だと思います。

私は、右肩甲骨に障害を抱え、世間一般で言われるトレーニング通りにトレーニングをしても筋肉を付けることができません。そのため、医学書やスポーツトレーニングの専門書を読み漁り、どいうやってカラダを作り上げ、ステージの上で表現をし続けるのかを考え続けてきました。

ダンスのためだけに費やしたこの時間が、まさか、社会人になってからの集中力やプレゼンテーション能力に役立つとは思ってもいませんでした。でも、今の私を作り上げたのは、間違いなく、ダンスで鍛え上げた筋肉です。

もし、カラダの中心に筋肉がつく、という感覚がピンと来ない方がいらっしゃったら、まずは雑誌ターザン(隔週木曜日発売)や、JANEを読んで見てはいかがでしょう?

カラダを動かす習慣というものが、体重コントロールや見た目のためだけではなく、心と体のトレーニングなのだ、ということが少しイメージできるのではないかと思います。

最後に、実はミス・ユニバース世界大会のステージの森さんを見て「うーん、何でこの人がミスなんだろう」と思ってました。(前準ミスの知花さんの外見ほうが好みだし・・・)

でも、JANEの記事を読み、FOXの「ミス・ユニバース 森理世 in NY」を見て、なぜ彼女がミスなのかが、よく分かりました。ミス・ユニバースというのは、外見や顔立ちだけを評価する大会ではないんですね。

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あんたはアメリカ人でも日本人でもなくって、あんたそのものなんだよ

ここのところ、子猫のお世話と、いくつかの仕事(勤務企業と勤務研究所)が重なって、さらにここ数年続いている人間関係のトラブルが本格的に悪化して、疲れきっていました。

特に、私が何を言っているのか、何を考えているのかをまったく知ろうとせず「Lammyはこういう奴に違いない」という思い込みであれこれと決め付けをして批判や評価をしてくる人たちとの会話に忙殺されることが多く、精神的にも疲弊していました。

タイトルの言葉は、この状況を聞いたアメリカ人の友人が私に言ってくれた一言です。

彼は、プレスリーの出身地またはスラムとして知られるメンフィスの劣悪な環境で生まれ育ちました。2ドルのために銃で撃たれて友人を殺され、兄弟は年2回以上カージャッキングに遭うという生活の中で、必死に勉強を続け、教育学を学び、大学に行き、現在は日本で英語教授と子供の保護活動をしています。

Lammy, you and I are not hell-Americans, not dam survivors. But we are individuals. We shouldn’t be taken the gun-fire Americans or returners, we are just individuals. I know Japanese say you are Americanized but no. You are not an American. You are you.

和訳

らみぃ、あんたも俺もアメリカ人でもなきゃ、暴力とかいろんなものを生き延びた生き残りでもないんだ。俺たちは、俺たちっていう個人なんだよ。すぐに銃をぶっぱなすようなあんなアメリカ人と一緒にされたり、出戻りだの、いろいろ言う奴もいるけど、俺たちは単に俺たちそのものなんだよ。日本人が、あんたのことをアメリカナイズされてるって言うのは分かるけど、それは違うぞ。あんたは、アメリカ人じゃなくって、あんたなんだよ。

そういってくれる人が身近にいてよかったな、と思いました。 また、私自身も疲れている友人に、そういってあげられるゆとりを持ちたいな、と思いました。

ただ、日本語も英語も、週末に私の身の回りにいる人の言葉は決して「丁寧」とは言えないので、疲れ気味だとうっかりと平日にこの言葉遣いが出てしまいそうです(笑)

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Happy Birthday, カトカン!

本日は、ホテルオークラで加藤寛先生のバースデイパーティでした。

先生は相変わらずお元気で、ちょっとだけ毒舌で、周りがハラハラするくらい明るくてオープンでした。

久しぶりに、SFC(慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス)創設期のなつかしいメンバーと会えて、とっても楽しいひとときでした。

加藤先生は、私が、今の私であるきっかけを作ってくれた先生です。(詳しくは、2005年5月の「200万円プレイヤーから700万円プレイヤーへ」をご参照下さい。)

怪我をして働くことも試験を受けることもできず、夢を見ている余裕などないと思いこんでいた時に、加藤先生が生き生きと「未来への留学生を作るキャンパス造り」という夢を語りました。

そして、私は彼が語る夢を、自分の夢のように感じました。自分の想いを、人に伝播させることができる人がこの世にいる。そのことに気がついたときに、人は小さい存在だけど、自分を変えることで、世界にインパクトを与えることができるんだ、ということを、知識としてではなく、実感として感じることができました。

そう信じることができたので、大学を止めたくない、という思いを伝えて、先生方に助けてもらうことができました。

英語ができるならと、外資系の監査法人での仕事を紹介してもらいました。そして、そのことがきっかけとなって、今でもリスクマネジメントの仕事に従事してます。

先生、82歳のお誕生日、おめでとうございます。

本日のパーティのスタッフのみなさん、良い会合をありがとうございました。

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赦せないと苦しい

先日、ベンチに座っていたら、隣に大きなキャリーを引いた初老の男性が座りました。

男性は72歳、この10年間、ホームレスとして後楽園周辺で暮らしているそうです。

年齢も年齢なので、福祉を受けないのかと聞いたところ、「福祉だけは絶対にいやだ」と強い調子で怒り始めました。

若い頃に、一時期どうしても生活が苦しく、生活保護を受けられないかと相談に行ったときに「働く気がないからたかろうとしている」「人生をなめてる」などといろいろ罵倒されたそうです。

生活保護を受けられないかと相談してから、おそらく数十年の時が経っていると思います。

それでも、男性の心の中から、福祉事務所や区役所の福祉課に対する怒りは全く消えていませんでした。いえ、むしろ、怒りを口に出し続けることで、怒りが増幅し、怒りにとらわれているように見えました。

自分が人を許していなければ、他人が自分を許しているとは考えにくいでしょう。

ですから、人を許さない限り、自分が許されているということを信じることは、相当に困難です。

自分のさまざまな過ち

人を傷つけたこと

本来であれば備えていなければいけないのに不足している能力や資質

こうしたこと全てが「いつかは赦される」という実感がなければ、生きていくことは、苦しいことの積み重ねだと思います。

苦しいことを覚えているくらいなら、記憶をあいまいにして、できるかぎり忘れてしまうほうが良いと思います。

でも、できることなら、私は、自分の犯した失敗は全て覚えておきたいです。覚えて、二度と同じことを繰り返さないように、工夫をし続けたいと思います。

ただ、赦されるという実感がないまま、自分の失敗を覚え続けておけるほど、人間は強くないと思います。

イエスキリストが弟子達に教えた祈りには「我らに罪を犯す者を我らが赦すごとく、我らの罪をも赦したまえ」という一節があります。

赦されるためには、まず赦さなければいけない。(赦す相手は、他人だけではりません。自分の弱さや自分の情けなさなど、他人に対する怒りよりも、自分に対する怒りの方が大きい人もいると思います。)

でも、赦すよりも、水に流して忘れようとしたり、怒りにとらわれてしまうほうが、とても簡単。

きちんと記憶して、同じことを繰り返さないようにと真剣に考え、そのうえで赦す。そして自分自身も赦されているとう実感を持つ。

そういう風に生きていけたら、悩みがあっても、失敗があっても、それでも心は軽くいられると思います。

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仕事で励まされた言葉

先週のグループミーティングで、職場の同僚から「出版社につとめている友人が募集しているので、仕事で励まされた言葉を教えて下さい」という話がありました。

私は、わりと上司にも同僚にも恵まれてきたので、いろいろな言葉のプレゼントをもらっています。教会でも、たくさんの人にいろいろなアドバイスをもらってきました。

1つだけベストを選ぶということはとても難しいなあ、と思いました。なので、いちばん古い励ましの言葉をあげたいと思います。

「大丈夫、江戸時代の人は当たり前にやってたから。どんな工夫をしてたのか調べてごらん。」

You can do it. Because it was everyon's choice in Edo era. Check the tactics what they did.

学生生活と、仕事と、介護の3つの役割でつぶされそうになっていた私に当時の上司が言った言葉です。

彼は日本に来るときに、日本の文化をかなり深く調べたそうです。インド人の彼に日本文化を教えてもらうというのもおかしな話ですが、彼の話を聞いて、その後いろいろと調べてみました。

すると、江戸時代の社会システムに生きていれば、介護を家庭で行いながら、仕事も学問も続けることが可能だったということが分かりました。

男女の役割が明確に分かれ、女性が家事労働だけに追いやられ、高度な教育や複雑な業務から排除されはじめるのは、明治以降であり、それも主に戦後に加速した「きわめて現代的な現象」でした。

現代的な人間関係や現代的な職業観に縛られていたらさまざまな役割を両立することは難しいかもしれない、だけど少し違った視点を持ち込めば、実は当たり前のことでしかないのかもしれない。

そう気がついた瞬間、とっても気が楽になりました。

核家族として孤立するのではなく、地域としっかりと結びついて、互いにサポートしあおう。それが難しければ、インターネット(当時はパソ通)のバーチャルなネットワークでサポートしあおう。

仕事と同じくらい、家庭生活も価値があると心の底から信じよう。

自分でできることを全てするのではなく、自分ですべきことと人に頼むべきことを考え、タスク管理とスケジュール管理をして、上手にアウトソースしよう。

何かのために自分を犠牲にするなんて考えないで、やりたいこと以外はアウトソーシングしてしまえ~。その代わり、私が得意なことを苦手な人がいたら、代わりに引き受けよう。

こんな風に、ほんの少しだけ考え方をスライドしてみたら、いつの間にか、役割バランスの間で翻弄されることがなくなりました。

なので、この言葉がいちばん古い励ましの言葉です。

でも、これって出版社がもとめているタイプの言葉じゃないなあ。う~ん、別の言葉の思い出をまとめて送ることにしようかな。。。。

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会社は社長の器よりも大きくはなれない

  • 会社は社長の器よりも大きくはなれない。

  • 資本を持っている人と技術や知識を持っている人が対応に互いを尊敬しながら一緒に働くことに意味がある。

  • 資本を持っている人が、自分にとって都合が良い技術や考え方だけを場当たり的に採用するだけで、技術や知識を持っている人をパートナーと見なすことができない組織では、異能集団として成功することはできない。

  • 社長は、自分が分かる仕事を増やしてはいけない。

海外のコンサルティングファームで社長をしていた方の発言です。技術も言葉も通じないファームで社長を務めるにあたり、自分で自分に課してきた戒めだったのだろうなあ、と思いながら聞いていました。

どれも、とても心に響きました。

例え本人に知識や技術がなくとも、資本がなくとも、パートナーと見なすことができる人と組むのであれば、互いを補完しあうことは可能だと思います。

トップクラスのベンチャーキャピタルでは、こうした専門集団を理解しパートナーとして取り扱うための訓練を社員に実施します。(そのため、買収候補企業のデューデリジェンスの際に統制環境の監査を合わせて実施し、どのようにして融合・理解促進を進めるかを検討するとうフェーズを持つキャピタルファンドもあります。)

しかし、大企業が異業種に自力で進出して来た場合など、こうした専門集団が介入していない場合、技術者と資本家が互いを理解しようという意欲も見られないこともあります。

こうした場合、中期的には必ず、社風が悪化し有能な社員が退職したり、利益率が低下するという事態を招きます。長期的に安定経営を目指すことは不可能です。

ですから、一般的には「儲かっているうちに同業他社に売却する」ことで、株主としては売却益を得られますし、社員としては異なる価値観に振り回されるという本業とは異なる精神的なストレスを軽減することが可能です。ですから、EXITプランとして「売却」をすることは、資本家・社員双方にとって最良の選択となりえます。

私は、個人的には、トップマネジメントが同質性の罠にはまり、異なる価値観を受け入れる器がないのであれば、売却が最も望ましい選択肢だと考えています。しかし、最良の選択は、あくまでも「上述の3つの発言のような価値観を持ち、自分が持っていないもの(資本・技術・知識)を持っている相手に対する尊敬を持つ人がトップマネジメントに就任し、自分が持つ価値観を組織で浸透させていくこと」だと思います。

自分とは異なるものを持っている人を対等なパートナーと見なし、尊敬し、相手の価値観と自分の価値観は「違っているけれどもどちらも重要視すべき」であるというスタンスを維持することができる人にこそ、異能集団を率いるトップに就任して欲しいと思います。

トップが、自分とは異なる価値観や技術・知識を大切にすることができれば、トップと自分の意見が異なっていても、直言しようと考える上級管理職が必ず出てきます。ですから、社長本人に技術や知識がなくとも、判断ミスを防ぐグループダイナミクスが働きます。

人事出身の社長が人事部門を拡張しようとしたり、営業出身の社長が営業部門を強化したり、経理出身の社長が経理や会計が分かる社員を増員する。

とても一般的な光景です。

しかし、この増員・強化の背景に「自分が分かる業務を増やしたい」というトップの意向があるとしたら、どうでしょう?

会社は、社長の器よりも大きくはなれません。

自分の専門分野を増強しようとする時は、胸に手を当てて「同質性の罠」にはまっていないか、考える習慣を身につけないといけないなあ、と気づかされました。

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祖父の命日に思い出したこと その1

「店に戻りなさい、お客さまが入ってくる。」

祖父の最期の言葉でした。

享年82歳、私は当時16歳でした。

駅で倒れ、病院に運ばれて、意識がないまま2日後に亡くなりました。駅の売店の店員さんが駆け寄ってくるのを見て言った言葉が最期の言葉でした。

「活字を手に取ろうとしている人の邪魔をしてはいけない」と言い続けた祖父らしい最期の言葉だと思います。

収入、障害、国籍や民族に関わりなく、あらゆる人に学習のチャンスを届けたい。

収入に関係なく「自分の教科書」を持つことができる幸せ。兄弟のおさがりではなく、自分の名前を教科書の書き込むことができる幸せ。

収入に関係なく、誰でも新刊を読むことができる幸せ。

図書館まで歩いていけない場所にも来てくれる移動図書館や宅配図書館。

目が不自由な人が希望すれば無料でつく朗読ボランティアが配備された図書館。

祖父が夢見たことが、今の日本では「当たり前」になりました。

しかし、その弊害として「何で勉強しなきゃいけないの?」という子供(と大人)が大量生産されました。

必死になって獲得した権利を、平気で捨てる人たち。

それは、仕方がないことなのだとは思います。しかし、今あるものが当たり前ではないのだ、誰かが戦って獲得したものなのだ、ということは語り継いでいきたいと思います。

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違っていても大丈夫・・・かな?

先日、仕事の関係で前職の同僚と上司と会いました。2人とも、現在は大手コンサルティングファームの取締役をしています。

仕事が終わって別れる際に「名刺交換しよう」ということになりました。2人とも、上述のとおり大手コンサルティングファームの取締役です。しかし、名刺の肩書きは「マネージャー・システム監査人」と「マネージャー・公認会計士」でした。一方、私の名刺のタイトルは「ディレクター」だの何のと、いろいろくっついています。

2人は私の名刺の肩書きを見て「ディレクターになったの?」「大丈夫?」「可愛そうに」と声をかけて「お茶飲んでこー。ちょっと話そうよ。」と誘ってくれました。(その後の予定が詰まっていたのでお茶は飲まずにそのまま別れましたが。)

次の会議への移動の道中、不覚にも、涙が込み上げてきました。そして、今自分が、どれほどストレスを感じているのかを自覚しました。

数年ぶりに会った人であっても、一緒に仕事をして、私の性格や気質を理解していれば、私にとっては現在の肩書き(=職責)が快適でも最適でもないことが推察できるわけです。

私はマネジャーという「組織をマネージする」立場に強い誇りと自信を持っています。また、組織方針を自分で作ってディレクションするというスタイルのマネジメントではなく、メンバー全員で話し合って運営方針を策定するというスタイルを採用しています。そのため、前職でも「ディレクター」という肩書を使うことを強く忌避して、結局使いませんでした。

二人とも、私が仕事において大切にしていることや私がワクワクすることが何であるかを覚えていてくれたので、ディレクターという肩書を見て「嫌がっているだろうなあ」と推察してくれたのだと思います。

世間的には、コンサルティングファームのディレクターはマネジャーよりも偉いのだと思います。しかし、私にとってはこの肩書はちっとも嬉しくないし、むしろ自分が仕事においてもっとも重視していること(=ディレクションしないこと)を軽んじられているようで、悲しくなる肩書きです。(そのため、親しい友人はご存じのとおり、近頃はCSR関連やその他の会合で別の名刺を使っています。)

悲しいことですが、現職においては「私が働きたいと思うインセンティブが何であるか」を理解している人は一人もいません。

選択理論心理学では、人間にはだれにでも5つの基本的欲求があると考えます。「生存」「愛・所属」「力・価値」「自由」「楽しみ」の5つの欲求です。各欲求の強さは脳の構造によって決まっており、変化するものではないと考えます。基本的に、誰でもこの5つの欲求のすべてを有しているものの、欲求の強さのパタンは人によって異なります。また、欲求を充足させる方法は人によって異なり、基本的欲求のパタンが同じだからと言って、同じ行動を採用するわけではありません。

給与や肩書によって鼓舞されるのは人並み程度には「力・価値」の基本的欲求がある場合です。

先日の選択理論倫理学の講座で「後だしじゃんけんをする」というゲームをしました。「後だしじゃんけんで相手に勝ってください」とお願いするとスムーズに勝てるのに、「負けてください」とお願いするとかなり頭を使わないと負けることができない、基本的に人は「勝ちたい」という欲求がある、という解説でした。

しかし、私はこの解説を聞きながら「あーやっぱりなあ」と自分で自分の特異性をしみじみと感じていました。小さい頃から、人に負けたくない、勝ちたいという感情がほとんどなく、試験の順位にも成績にも全く関心がない子供でした。「○○ちゃんはあれだけできるのに」などと親に言われても「だって、私は別の子だもん」とあっけらかんとしていまいた。成績表にも興味がないし、試験でどれほどよい順位であって「あっそー」という感じでした。教師も親も、あまりの淡白さにあきれはてていました。

大人になった今でも、人と自分を比べてうらやましいと思ったり、自信を持ったりということがまったくありません。私は私、人は人、それぞれ違っていておもしろいね、という感じです。

今はちょうど目標考課の時期なので、コンサルタントのスキルを並べて点数をつけています。私自身も売り上げやその他の貢献を比較して、点数をつけられています。多くのコンサルタント達が評価の点数に一喜一憂してることは十分理解しているので、真剣に評価していますが、実は私自身は人と比較して評価されても、全く感情が動きません。ですので、本音で言えば「ある局面で発揮するスキルの一部をきりとって点数をつけているだけなんだから、そんなに深刻にうけとめることないんじゃないの?」って思っています。とはいえ、とっても真剣に評価はしているので、コンサルタントとして成長したい、という前提があるのであれば真摯に受け取ってもらえるとうれしいですが。。。

ところが私自身は、このブログでは再三書いているとおり、コンサルタントとしてのキャリアビジョンもなければ、会社で出世したいという思いもないし、世間に名前を知られたいという思いもないわけです。そもそも世間に対しても周りの人に対しても「影響を与えたい」という欲求が働きません。

ですから、5点満点で4.5だとしても2.5だとしても「ふーん、そうなんだ」という状態です。上司としてははなはだ管理しにくい部下なわけです。(ごめんなさい。。。心から申し訳なく思ってます。)

じゃんけんの実験では「勝つのも負けるのもどっちも同じ」に感じました。

ビジネス人生で何度も降格・左遷にあっていますが、実は精神的なインパクトは微々たるもので「組織管理上、降格する必要があるなら、まあ仕方ないなあ」という感覚で受け入れていました。また、自分の価値観を人に受け入れてもらいたい、という感覚も乏しく「私が私の価値観を持ち続けることを邪魔しなければ、あなたが私と違っていても全然OK」と感じます。研究もコンサルティングも大好きですが、その結果を広く世間に知らしめたいという思いはなく、何度すすめられても本の執筆に気が乗りません。

小さい頃からの行動パタンや現在の志向性を考えると、私は「力・価値の欲求」が大変低いようなのです。ですから「生存の欲求」が満たされる程度(=生活できる程度)の給与以上に給与が増えても別に嬉しくないし、肩書きがついたからといってうれしくもないわけですし、世間的にはショックだといわれる降格・左遷に対したショックを受けないようです。

もちろん、信仰があるから何とかなるという思いがあることも事実ですが、これは信仰というよりも生まれもった気質に依る方が大きいと思います。

よく勉強する子供でしたし、今でも研究・勉強・仕事どれもしているほうだと思います。でも、それは「楽しい」し「喜んでくれる人がいる」からしているだけで、仕事や勉強の結果を人がどう評価するかは実はあんまり関係なのです。

また、多様性を生かした組織作りのための活動をしていますがこの価値観を周りに広めたいという強い思いがあるわけではありません。「あなたの価値観を認めるから私の価値観も認めてね」「最終責任は自分でとりますから、私をコントロールしようとしないでね」という「自由」でいたいという欲求が強烈に強いために「多様な組織が私にとって必要」なのです。

前述のとおり、基本的欲求は5つあります。「生存」「愛・所属」「力・価値」「自由」「楽しみ」です。私の欲求のプロフィールは、「生存」欲求は人並み、「愛・所属」と「楽しみ」がやや強め「自由」がMAXで「力・価値」がMINだと思われます。

多くの組織のトップマネジメントは「力・価値」の欲求が強く、出世競争に勝ち残ってきた人たちです。現在の勤務先の経営陣の多くが日本を代表する大企業で一定の成果を上げてきた人たちで「力・価値」欲求がきわめて高い人たちです。この欲求が高ければ「良い影響を人に与える」ことに対しても熱心になれるわけで、マザーテレサや高名な理論家・政治家などはこの欲求を「良い方法で満たした好例」といえます。つまり、この欲求が高いことは悪いことではありません。組織のトップとしては、自然なことだと思います。

しかし、問題なのは彼らの多くが「力・価値」欲求が高くない人に対する欲求充足の方法を知らないことです。給与をあげても、タイトルをあげても喜ばない人がこの世にいるのだという事実を理解できないことです。

冒頭で紹介した元同僚と上司は、「力・価値」欲求が高い人たちだと思います。何冊も著書を出し、自分の名前を売るということに時間とエネルギーを割いています。しかし、私がそういうことに興味がないことを理解していました。そのため、元上司は私に対して感謝の念を表明するためには、いろいろと工夫をしてました。

  1. 「管理しなくてもちゃんと成果あげてくれたから、どこでどういうスタイルで仕事してもいいよ」と言って、完全自宅勤務を制度化して私に適用することで「自由の欲求」を満たしてくれました。
  2. コンサルティングサービスや共同研究をとおして法則性や理論を見つけてツールづくりをするという仕事を与えることで「楽しみの欲求」を満たしてくれました。
  3. 常に業務改革や組織改革関連の人事業務を与えることで「愛と所属の欲求」を満たしてくれました。
  4. 常に気を配っていることを態度と言葉で伝えることで「愛と所属の欲求」を満たしてくれました。
  5. 「あんまり興味ないだろうけど」と言って、一応出世もさせてくれました。

人には個性があります。それぞれ気質も違っていて、自分がうれしいと思うことを人がうれしがるとは限りません。

元同僚と上司の二人を見ていて「自分と違っていても相手を受け入れて、そしてケアすることができるんだなあ」ということを改めて思い出しました。

選択理論心理学の講座の中ではこのことをたくさん感じました。でも、実生活の中でこのことを実感したのはひさしぶりだと思います。

違っている私を認めて、そしてケアしてくれてありがとう。同僚にも上司にも恵まれていたんだなあ、としみじみと感謝する出来事でした。それと同時に、私という個人の特性を理解している人が職場に一人もいないこの1年間がどれほど私にとっては大きなストレスであるのかを、しみじみと実感してます。

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2つの研修が変えた人生

今から20年前、万博のスタッフとして働くために、フロリダのディズニーインスティチュートが主催する研修を受けました。

この研修は私の固定概念を吹き飛ばし、頭の中を真っ白にしました。今までに私が仕事という言葉のイメージで学んできたこと、獲得してきたこと、そのすべてを忘れさせる強烈な研修でした。

ディズニーインスティチュートの研修を受講した方はご存じのとおり、受講生には守秘義務があり研修の内容を口外することができません。ですから、実際に何があったのかを描くことはできません。が、この研修をとおして私が「働くということの意味」が「お金を稼ぐことではない」ということと「仕事は苦しいものではない」という2つの価値観が、私の人格のコアにインストールされ、その後一度もゆるぐことはなかった、ということだけは共有させてください。

こうして始まった社会人人生ですので、ディズニーランドが大好きです。アトラクションが好きというわけではなく、そこで働くキャストを見て、20年前の熱い思いを思い出すことが大好きです。今年の誕生日はホテルミラコスタで迎えるはずだったのですが、どうやら企画倒れに終わったようで、仕事のミーティングがちゃくちゃくと入っています・・・。残念。

そして、今から16年前。創設3-4年目の米国国家経営品質賞(マルコムボルドリッジ賞)の授賞式のビデオを目にします。ビデオの中で、大企業の社長が涙をぼろぼろと流して、従業員の名前を延々とあげて感謝しつづける姿に、またもや頭が吹き飛ばされました。そして時を同じくして、日本でも日本経営品質賞が始まります。当然のこととして、研修を受けました。その後の私は、CS(顧客満足)とES(従業員満足)を働く目的とし、売り上げや利益は結果指標としてとらえる経営スタイルに、どっぷりとはまっていまり、抜け出す様子はありません。

もしもこの二つの研修を受講していなかったら、私の社会人人生、いえ性格も大きく異なっていたと思います。これらの研修を受けていなければ、上司や経営陣ともめることもなければ、波風を立てることもなかったのではないかなあ、と思います。一方で、それはそれで面白くなかったかな、とも思っています。

私の人生は研修で変わりました。ですから、新しい研修を受講するときには、いつもワクワク期待します。明日も研修です。今から、とてもワクワクしています!

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高橋潤二郎語録1:あいつは人生のどっかで人を怒鳴るってことを覚えちまったんだな

土日に受講した講座の中で、講師の方の「人生で恩師に巡り合えるということはとても素晴らしいこと」とおっしゃった際に思い出したことを書きたいと思います。

高橋潤二郎先生は、私の学部時代の指導教官です。専門は計量経済学なのですが、私が入学したキャンパス(SFC)の創立の立役者であり、当時の先生はすでに「教授」というよりは「経営者」という方があっていました。そのため、今振り返ってみると、先生がやりたかったことは「アクションラーニングの実験を通して新しいキャンパス像を作り出すこと」で、何か特定の分野の研究ではなかったようで、私たちゼミ生はあまり一貫性はない分野を研究していました。

15時からは始まるゼミは、毎週21時まで続き、近くのファストフード店に夕食を調達してくると、深夜まで続くことすらありました。ゼミの準備のために宿題の論文や書籍を熟読、要約し、その背景にある作者の思考パタンを分析してプレゼンテーショーン資料を作成し、ゼミの当日は全員がその資料をもとにプレゼンテーションを行いました。私は先生のゼミで、プレゼンテーションの方法、資料の作り方、ロジカルシンキング、チームワークの基礎を叩き込まれました。冗談ではなく、今の仕事よりも学部のゼミの方がきつかったです。

先生はゼミ生の発表のレベルが低いと、激怒して教壇を蹴りつけたり、椅子を投げ付けることもある、どちらかというと粗暴なタイプです(先生、読んでたらごめんなさい。笑)。

ある日、ゼミの直前にあったマルチメディア論の授業の中で、その授業を担当しているA先生がスチューデントアシスタントのX君のことを怒鳴りつけて、授業が中断しました。このため授業が延長し、ゼミの開始が遅れました。その際に高橋先生が言った一言が、タイトルの「あいつは人生のどっかで人を怒鳴るってことを覚えちまったんだな」です。普段の高橋先生の態度が態度なので、おかしいやらあきれるやらで、鮮明に記憶に残りました(笑)。

その後ずいぶん時間が経ってから、先生に発言の真意を確認する機会がありました。その時の先生の発言をまとめると、

「俺は怒鳴るが、それは心の底から怒っているから怒りが暴発するだけだ。Aさんは、心の底から怒りを感じているんじゃなく、怒ることで相手を操作しようとして、怒ることを手段にしてる。」

「俺は、理不尽なことでは怒らない。それに、怒ることで、お前たちが変わるとも思ってない。ただ、腹が立つから怒らざるをえないんだ。でも、Aさんは怒ると自分が得するってことを、経験的に学んじまって、お前たちを自分に都合がいいように変えようとして怒ってる。」

「聖人君主じゃないんだから、怒ることはあるし、いらだつことはある。でも、俺は俺が怒ればお前たちが変わるなんて期待してないし、俺が怒ったからって変わるような奴(主体性がない奴)なら、ゼミから出てけ!」

といったことでした。高橋先生は、私たち学生の可能性を信じていました。そして、私たちが、先生のことを怖がって変わるのではなく、自分の意思によって変わるという選択をして欲しいと望んでいました。時には(年中?)、感情が暴発・暴走してゼミを放棄して帰ってしまうこともありましたが、それでも、先生が私たちをコントロールしようとしているわけではない、ということは十分理解できました。

その後、私はSFCで研究員として活動したため、A先生とも一緒に研究をする機会がありました。その際に、高橋先生が言っていたことの意味がとてもよくわかりました。A先生は、怒鳴ることや怒ることで相手を威圧し、自分にとって不利益な状況を都合が良い状況に近づけようとしているのであって、怒りを感じているから怒っているわけではありませんでした。

そして、その態度には、相対している人に対する「愛情」や「感謝」は、これっぽっちも感じることがありませんでした。私だけではなく、多くの研究者がA先生から離れていき、今でもチームを組んで継続的な研究をすることできずにいるとうかがっています。

人間は「魔の二歳児」と呼ばれる時期に、泣いたり叫んだり暴れることで周囲をコントロールすることができるのだということを学びます。しかし、大人になるにつれて、このコントロール方法では、短期的には効果をあげても、長期的には人間関係を壊し、自己肯定感を下げるということを学び「実は、マイナス効果しかないんだな」ということを学んでいる人たちがいます。一方で、こうした学びをせず、短期的に効果をあげるために、怒鳴ったり・威圧するというコントロール方法を好み実践している人もたくさんいます。

高橋先生は、確かによく怒鳴る先生でした。しかし、私は先生が私をコントロールしようとしていなかったことを、十分理解しています。ですから、怒鳴ること=コントロールすること、だとは思いません。

しかし、世の中には怒鳴った直後にニコニコと話をすることができる(=感情の暴発としてではなく演技として怒る)という人がたくさんいます。怒鳴り、威圧し、不機嫌な顔をすることで相手をコントロールすることができる、という成功体験を繰り返し、こうしたコントロールを、まさに「学習」してしまっている状態です。

しかし、こうしたコントロール方法ではない方法「も」学習している人の目からみると、まるで二歳児が駄々をこねているかのような幼児性しか感じられません。私は、20歳という早い段階で、高橋先生をとおして、怒鳴ることで人をコントロールすることの幼児性と、そして人間はこうした幼稚な方法以外を学習し身につけることができるのだ、ということに気づかせていただきました。心から感謝しています。

冒頭でお書きした講座では、こうしたコントロール型のマネジメントやコミュニケーションがなぜ発生するのか、といったことも学んでいます。15年以上前に高橋先生を通して学んだことを、心理学というフレームワークをとおして論理的に再整備している最中です。とても面白くて、わくわくしています。この講座で学んだこと、気がついたことはまた別の機会に書きたいと思います。

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