キリスト教

あと1週間でクリスマス・イブ

顎関節症の調子は、少しずつ良くなっています。今は4センチくらいは口が開くようになりました。ご心配くださって、本当にありがとうございます。

歯並びに問題があって発症したのではなく、純粋に首と背中の凝りから顎の筋肉が凝って発症したようです。

さて、いよいよアドベントも第3日曜日を迎え、次の日曜日は日本各地でクリスマス礼拝が開かれます。

私の母教会(千代田線の町屋駅または舎人線の赤土小学校前)では、
21日(日)10時45分からクリスマス礼拝
23日(祝)14時から子供クリスマス礼拝
24日(水)19時半からキャンドルサービス(クリスマスイブ礼拝)
です。

母の所属教会
は、銀座の一等地のど真ん中にあるので、クリスマスイブにはものすごくたくさんの方が教会にいらっしゃいます。イブ礼拝は15時からと18時半からの2回あります。18時半からの礼拝の後で1階でクリスマスキャロルを歌う会があって、とても楽しいです。

今年は、我が家は全員で私の母教会で礼拝に出る予定です。

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大丈夫か、アメリカ?

先日、CNNのラリーキングライブを見ていました。(ラリーキングは、アメリカ版黒柳徹子みたいな人です。番組も、徹子の部屋だと思ってください。)

ゲストは、ジョエル・オースティンとビクトリア・オースティン。アメリカでは、とってもとっても有名人です。新しいヤンキーススタジアムで行われた野球以外の最初のイベントがこの二人の伝道集会で、スタジアムがいっぱいになった、といえば、どれほどの有名人だかお分かりいただけると思います。

アメリカには、日本では全く無名なのに超有名人という人が数人います。その代表格がオプラ・フィンフリーですね。「史上最強の人生戦略マニュアル」という今年日本でベストセラーになったビジネス書でオプラの逸話が載っているのを見て「誰これ?」と思われた日本人が多いようですが、アメリカでは大統領の名前を知らなくてもオプラを知らない人はいない、と言われるほどの有名人です。ジョエルとビクトリアもその類の有名人です。ビクトリアは白人版オプラとも呼ばれています。

オプラ、ジョエル、ビクトリアに共通しているのが「アメリカにおける伝統的クリスチャンの価値観を体現している人」とみなされています。アメリカには、王様も天皇陛下もいないので、こういう精神的な象徴を芸能人とか牧師が担うわけです。

キング牧師は例外的に日本でも有名ですが、その後この立場を継承したビリー・グラハム、オプラ、ジョエル、ビクトリアは日本では完全に無名です。これは、キング牧師のように宗教的指導者というだけではなく社会活動という側面を報道することができるほど、後続者達は社会問題に対するアピール力が弱いからです。(オプラが狂牛病問題に取り組んだときには、オプラも日本で有名になるかな、と思ったんですが、なりませんでしたね。)

で、このジョエルとビクトリアなんですが、実は私、とってもとっても苦手なんです(爆)

というか、現在アメリカに居住していないクリスチャンでこの人たちを「おお、ワンダフル!」と思ってる人ってどれくらいいるんでしょうか。

ラリーキングライブでも、ジョエルとビクトリアは
・ゲイはすばらしい人たちだとは思うけれど、同性愛はチョイス(自分で選択してなったもの)であって、最善のチョイスではないと思う
・経済的に恵まれなくても今のままでもアメリカは幸せ。裕福かどうかは神様が決めること。
・アブラハムもダビデもソロモンも経済的に恵まれていた。宗教的指導者が経済的に恵まれることは望ましいこと。ただし、お金のために働くようではいけない。聖書は、贅沢をするなとは言っていない。

と、目をくりくりさせて、異様に明るいポジティブは身振り手振りと口調で話し続けていました。

ゲイがチョイス、ですか?もちろん、チョイスという人もいます。でも、性同一性障害で苦しみ続けていた友人を見て、友人がそれを自主的に選択したという可能性は、絶対にないと断言できます。こうした苦しみを認めず、強制的に体の性を押し付けようとしたキリスト教会がどれほどかれらを傷つけ、権利を迫害してきたのかに対する謝罪をするというのなら分かります。それなのに、この期に及んで、まだ彼らを迫害する手助けをするわけですか?

経済的に恵まれなくても、って今食べるものにも困って餓死していこうとする人がアメリカにどれだけいるか分かってるんですか?あなたの話を聞いて、福祉や寄付をやめる人が出てくるという心配はしないのですか?そういう貧しい人たちのところに降りていって福音を伝えるのがクリスチャンじゃないんですか?あなた、牧師なんでしょう?何言ってるんですか?

アブラハム、ソロモン、ダビデは宗教的指導者として経済的に恵まれたんじゃなくて、彼らは政治的な立場のゆえに裕福だったんですよ。純粋に宗教的立場しかもたなかった預言者達の中に、ジョエルとビクトリアのように宮殿を建てるほど裕福な人がいたという話は少なくとも聖書には載ってないです。贅沢するな、って聖書が言ってないんですねえ。本当ですか?牧師なんでしょう?もう少し、しっかりと聖書読んでください。

そして、彼らのヤンキーズスタジオでの伝道集会の映像を見ると、、、、、、

そこには、まるでヒトラーのように腕を振り上げて大衆を鼓舞するジョエルの姿が・・・・・・・

クリスチャンである私でさえ感じる異様な極右の、そして格差社会を拡大させようとする追い風がアメリカに流れていることを実感する瞬間でした。

貧しいものは貧しいままで満足すべき、経済的に恵まれている人はそれを享受すべきという、格差に対する圧倒的な肯定感。そして権力への迎合。

同じような風潮を近頃の日本のビジネス書ブームにも感じますが、アメリカの場合はこれが極右クリスチャンと結びついて他を排除sるという流れになりがちなだけに、日本のビジネス書ブームよりも危険性が高いと感じています。

正直に言って、私はオースティン夫妻が怖いです。彼らに心酔するアメリカ人が怖いです。

ジョエルの伝道メッセージは、無料でダウンロードして聞くことができます。あまりにもアメリカ人の評価が高いので、私も何回かダウンロードして聞きました。でも、途中で、あまりに聞き手を高揚させようという意図がみえみえの声調・口調に気味が悪くなって聞くのを止めています。

アメリカは、不況になるとこういう、鼓舞することが上手な人たちをリー
ダーとして選びます。彼らが思想的に偏っていても、そんなことはぜんぜん気にしません。

私は基本的には、教職者の説教は批判するものではない、と思っています。でも、ジョエルやビクトリアほどの影響力を有する人に関しては、話は別物だと思っています。

アメリカという国はどこに行ってしまうのでしょうか。

日本のマスコミは、宗教観に関するニュースはよほどのことがないかぎり報道しません。しかし、今のアメリカの精神的な支柱と呼ばれている人に対する監視は、諸外国のメディアの責務なのではないでしょうか?

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世界遺産登録に向けて最終の追い込み

いよいよ来週の月曜日は日本国内初の「列福式」が開かれます。列福式というのは、カトリックの信仰の模範となった人物を「福者」として列するローマ法王庁の正式行事です。

http://www.afpbb.com/article/life-culture/religion/2541179/3540470

信仰伝来500年、日本のカトリック信者が待ち望み続けた一大イベントです。今回、列福されるのは江戸時代の殉教者なので私が知る限り私の直接の先祖は含まれていません。いつか明治時代にまで対象が広がるのかな、とちょっと期待しています。(私の先祖は遠藤周作の「沈黙の碑」の紹介記事の下に出ています。)

このイベントは「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」の世界遺産登録に向けての最終追い込みでもあります。

宗教行事なので行政が直接関わることはできませんが、パンフレットを配るなど、長崎県・佐賀県の両観光局も全面支援しています。

とはいえ宿泊容量1万1千人の地域に約3万人の来訪者が予想されています。

どうなることやら、、、

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山谷にゴスペルグループが来た!

山谷伝道所の伝道集会に、川崎リトルライトシンガーズがゴスペルを歌いに来てくれました。

朝はパラパラと雨空で「どうしよう、マイク使えるかなあ」と心配していたのですが、お昼過ぎから雨は止んでくれました。

伝道集会の最中に1曲「神の国と神の義を」、給食中に6曲のミニコンサートをしてくれました。

ミニコンサートの曲目は

1 Kum ba ya(主よ、おいでください)
2 Down by the riverside(川辺に重荷をおろそう)
3 幸いうすく見ゆる日に(ダニー・ボーイのメロディで)
4 Amazing Grace(アメージング・グレイス)
5 This little light of mine(わたしのこの小さな光を)
6 おひさまのうた(「アルプスの少女ハイジ」より)

どの曲も、とても美しいメロディと歌詞で、給食に並んでくれた人たちの心に、歌声の優しさと愛情がすーっと染みこんでいったような気がします。

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静岡駅はすごく都会でした

Img_s 掛川から1駅新幹線に乗って、静岡で降りました。
のんびりとした掛川とは違って、静岡駅の周辺はすっごい都会で、いくつものデパートやカフェをはじめとするおしゃれなお店が並んでいました。

この便利な都会から車で30分も走れば綺麗な海があって、反対側に15分も走れば美しい山を歩くことができます。東京では考えられない豊かさです。ただ、ロスアンジェルスにしてもニューヨークにしても、おなじくらいの時間で自然に触れることができるわけで、グローバルスタンダードで考えると、東京のスプロール(一極集中)が極めてイレギュラーなんでしょうね。

静岡駅で降りた目的は、小磯良平氏の聖書装画展です。

卓越したデッサン力、すばらしい構図、そして私が大好きな水彩という画材で描かれた聖書の世界を堪能することができました。(小磯氏は水彩だけではなく油彩作品の多い、日本を代表する洋画家です。色数を抑えた落ち着きのある色調と群集を描く構図が特に高く評価されています。)

こちらのサイトから、いくつかの作品を見ることができます(小さい作品をクリックすると大きくなります。)

駅前からバスに15分も乗れば温泉も楽しめるようです。

今回はあわただしかったのですが、次回はのんびりと数泊したい場所でした。

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殉教者? 長崎・平戸のキリシタン遺構から人骨

1年ぶりに、全ての床にワックスをかけました!

終わった~

充実感でいっぱいです。

掃除の後、図書館に行って普段読んでいない読売新聞のバックナンバーそ読んでいて、驚くべきニュースを発見。

平戸で行っていた発掘で、口伝に残っている「弾圧に抵抗して1000人のキリシタンを守り抜いた家族」の遺骨が発見されたのではないか、というのです。

この口伝、知ってるんですよ。でも、ただのうわさ話、作り話だと思ってました。

隠れキリシタンの家庭に代々続く口伝秘話は、大概が作り話だと思っていたのですが、どうやらそうではなかったようです。おじいちゃんの話は、話半分にしか聞いてなかったのであまり覚えていないんですよね。わー、しっかり聞いておけば良かった。

この6人が命を張って村人達を守ってくれたから、私の先祖は生き残ることができたわけです。そして、そのおかげで私が生まれることができて、今この世界で生きているわけです。

この6人が命を投げ出してくれたおかげで生まれてくることができた命は、今この世界に何人くらいいるんでしょうね。私の親族だけでも数百人は心当たりがあるので、トータルすると数千人、いえ、数万人、でしょうか?

殉教という行為を崇拝する気はないです。でも、やはり、今こうして自分自身に命が与えられているというこの現実を考えると、彼らの殉教に心から感謝を伝えたいと思います。

ウェブでも記事があったのでリンクを張ります。

8月27日の記事「隠れキリシタンの教会や墓確認へ、長崎・平戸で遺構試掘

9月12日の記事「殉教者? 長崎・平戸のキリシタン遺構から人骨

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