« バスでラクーアに(途中でビックリ) | トップページ | ちょっとした拷問 »

ネットに依存した人間関係

もう半年以上前のことになります。

実は、今年の誕生日は、家族も同僚も教会員も含め、誰からも「おめでとう」という声をかけられませんでした。同僚に関しては「まあ、日本人だしなあ、外資で働いたことがなければ、こんなもんだろう」と思います。ただ、さすがに家族にすら忘れられてしまったのはショックでした。誕生日当日は8時頃まで仕事をして、帰宅後に自宅で玄米と納豆を食べながら、ウィルとツナを相手に「なんだか情けない人生だねえ」と話しかけたのを覚えています。

一方で、mixiやgreeの機能で、私の誕生日に気がついてメッセージをくれた友人・知人は10人以上いました。リアルの世界では全く忘れられていた私の誕生日を、SNSは友人達にリマインドをしてくれたわけです。

友人との関係に、ネットが介在し、ネットがあるからこそお互いの近況を知ることができて心理的な距離を保てていることは確かです。ただ、ここ数年の私のリアルワールドでの人間関係を振り返ってみると、あまりにもネットに依存している気がします。

この出来事の前日に、当時の勤務先の経営会議で人事部門が突然、自宅での深夜早朝残業を禁止し、深夜・早朝に働くためにはオフィスまで出勤するという規則を提案していました。

誕生日に自宅で一人で納豆を食べながら、ただでさえリアルの世界で居場所を失いかけている最中に、この規則を適用されてしまうと、私はただの給料を運ぶだけの人になってしまうな、と寒気を覚えました。

今年の誕生日の出来事は、ネットが介在しない人(家族や、所属教会の教会員)との関係はどんどんと薄れてきているのではないか、彼らの中で私の居場所は無いのではないか、という危機感を感じる出来事でした。

« バスでラクーアに(途中でビックリ) | トップページ | ちょっとした拷問 »