« 朝9時のバスは湿布のにおい | トップページ | 嗚呼、花梨の最後のヒゲが »

大丈夫か、アメリカ?

先日、CNNのラリーキングライブを見ていました。(ラリーキングは、アメリカ版黒柳徹子みたいな人です。番組も、徹子の部屋だと思ってください。)

ゲストは、ジョエル・オースティンとビクトリア・オースティン。アメリカでは、とってもとっても有名人です。新しいヤンキーススタジアムで行われた野球以外の最初のイベントがこの二人の伝道集会で、スタジアムがいっぱいになった、といえば、どれほどの有名人だかお分かりいただけると思います。

アメリカには、日本では全く無名なのに超有名人という人が数人います。その代表格がオプラ・フィンフリーですね。「史上最強の人生戦略マニュアル」という今年日本でベストセラーになったビジネス書でオプラの逸話が載っているのを見て「誰これ?」と思われた日本人が多いようですが、アメリカでは大統領の名前を知らなくてもオプラを知らない人はいない、と言われるほどの有名人です。ジョエルとビクトリアもその類の有名人です。ビクトリアは白人版オプラとも呼ばれています。

オプラ、ジョエル、ビクトリアに共通しているのが「アメリカにおける伝統的クリスチャンの価値観を体現している人」とみなされています。アメリカには、王様も天皇陛下もいないので、こういう精神的な象徴を芸能人とか牧師が担うわけです。

キング牧師は例外的に日本でも有名ですが、その後この立場を継承したビリー・グラハム、オプラ、ジョエル、ビクトリアは日本では完全に無名です。これは、キング牧師のように宗教的指導者というだけではなく社会活動という側面を報道することができるほど、後続者達は社会問題に対するアピール力が弱いからです。(オプラが狂牛病問題に取り組んだときには、オプラも日本で有名になるかな、と思ったんですが、なりませんでしたね。)

で、このジョエルとビクトリアなんですが、実は私、とってもとっても苦手なんです(爆)

というか、現在アメリカに居住していないクリスチャンでこの人たちを「おお、ワンダフル!」と思ってる人ってどれくらいいるんでしょうか。

ラリーキングライブでも、ジョエルとビクトリアは
・ゲイはすばらしい人たちだとは思うけれど、同性愛はチョイス(自分で選択してなったもの)であって、最善のチョイスではないと思う
・経済的に恵まれなくても今のままでもアメリカは幸せ。裕福かどうかは神様が決めること。
・アブラハムもダビデもソロモンも経済的に恵まれていた。宗教的指導者が経済的に恵まれることは望ましいこと。ただし、お金のために働くようではいけない。聖書は、贅沢をするなとは言っていない。

と、目をくりくりさせて、異様に明るいポジティブは身振り手振りと口調で話し続けていました。

ゲイがチョイス、ですか?もちろん、チョイスという人もいます。でも、性同一性障害で苦しみ続けていた友人を見て、友人がそれを自主的に選択したという可能性は、絶対にないと断言できます。こうした苦しみを認めず、強制的に体の性を押し付けようとしたキリスト教会がどれほどかれらを傷つけ、権利を迫害してきたのかに対する謝罪をするというのなら分かります。それなのに、この期に及んで、まだ彼らを迫害する手助けをするわけですか?

経済的に恵まれなくても、って今食べるものにも困って餓死していこうとする人がアメリカにどれだけいるか分かってるんですか?あなたの話を聞いて、福祉や寄付をやめる人が出てくるという心配はしないのですか?そういう貧しい人たちのところに降りていって福音を伝えるのがクリスチャンじゃないんですか?あなた、牧師なんでしょう?何言ってるんですか?

アブラハム、ソロモン、ダビデは宗教的指導者として経済的に恵まれたんじゃなくて、彼らは政治的な立場のゆえに裕福だったんですよ。純粋に宗教的立場しかもたなかった預言者達の中に、ジョエルとビクトリアのように宮殿を建てるほど裕福な人がいたという話は少なくとも聖書には載ってないです。贅沢するな、って聖書が言ってないんですねえ。本当ですか?牧師なんでしょう?もう少し、しっかりと聖書読んでください。

そして、彼らのヤンキーズスタジオでの伝道集会の映像を見ると、、、、、、

そこには、まるでヒトラーのように腕を振り上げて大衆を鼓舞するジョエルの姿が・・・・・・・

クリスチャンである私でさえ感じる異様な極右の、そして格差社会を拡大させようとする追い風がアメリカに流れていることを実感する瞬間でした。

貧しいものは貧しいままで満足すべき、経済的に恵まれている人はそれを享受すべきという、格差に対する圧倒的な肯定感。そして権力への迎合。

同じような風潮を近頃の日本のビジネス書ブームにも感じますが、アメリカの場合はこれが極右クリスチャンと結びついて他を排除sるという流れになりがちなだけに、日本のビジネス書ブームよりも危険性が高いと感じています。

正直に言って、私はオースティン夫妻が怖いです。彼らに心酔するアメリカ人が怖いです。

ジョエルの伝道メッセージは、無料でダウンロードして聞くことができます。あまりにもアメリカ人の評価が高いので、私も何回かダウンロードして聞きました。でも、途中で、あまりに聞き手を高揚させようという意図がみえみえの声調・口調に気味が悪くなって聞くのを止めています。

アメリカは、不況になるとこういう、鼓舞することが上手な人たちをリー
ダーとして選びます。彼らが思想的に偏っていても、そんなことはぜんぜん気にしません。

私は基本的には、教職者の説教は批判するものではない、と思っています。でも、ジョエルやビクトリアほどの影響力を有する人に関しては、話は別物だと思っています。

アメリカという国はどこに行ってしまうのでしょうか。

日本のマスコミは、宗教観に関するニュースはよほどのことがないかぎり報道しません。しかし、今のアメリカの精神的な支柱と呼ばれている人に対する監視は、諸外国のメディアの責務なのではないでしょうか?

« 朝9時のバスは湿布のにおい | トップページ | 嗚呼、花梨の最後のヒゲが »

キリスト教」カテゴリの記事