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「仕事に遊びと贅沢を」と説教されて気がついたこと

すごく居心地が悪い。

それが、企業の管理部門からコンサルティングファームに移った時の最初の感想でした。仕事の中身は楽しいし、お客様との関係も良好、プロジェクト自体はワクワクする。一緒に働く仲間も(何人かは気に入らない人はいても)それほど関係が悪いというわけでもない。

だけど、漠然として気味の悪さがつきまとう。

数年前に、この奇妙な漠然とした違和感が、強烈にハッキリと姿を現す出来事がありました。「仕事には贅沢や遊びがあることが大切」と真顔で上司に説教され、同じような価値観で物事を進めるようにと説得されたのです。

あ、私、経済的な価値観が全然合わないんだ。

社員同士の飲み会で、1本3万円のワインを会社の経費で飲むことは、別に違法行為ではないのでしょう。

これといって急いでいるわけでもなければ、電話をかけなければいけないといった理由がなくても、どこに行くのもタクシーを使う、というのも別に決裁権限さえ逸脱していなければ、規程違反でもなんでもないのでしょう。

贅沢なオフィス、仕事上の必要性がないおしゃれな町へのオフィスの移転、どんどんインフレしていく社員達の給料、これらは社員達のブランド意識やエリート意識をくすぐるには役に立つのだとは思います。

しかし、それでも私は、生活レベルが上がってしまえば、そこから先は「ただひたすら生活レベルを維持するために高給を支払ってくれる組織にしがみつくしかない人生」を送ることになるぞ、それは危険だぞ、そんなこと続けてたら会社が不正をしろと言ったら不正をせざるをえない人間になるぞ、と日々自分に言い聞かせ続けていました。

これは、内部統制の整備や監査という仕事柄、会社命令で会計不正を繰り返す大勢のサラリーマンや、清算されていく多くの企業を見てきたからこその恐怖心だと思います。

また、プラダ合意という個人の力ではコントロールしようがない国策によって父が破産をしたため、中学生の時に「これから先も、いつ何が原因で無一文になるか分からないから1円でも無駄にしないで生活するぞ(+お金がなくなっても困らないだけの技術と知恵をつけよう)」という覚悟をしたことが影響していることは間違いがないでしょう。

会社側は高給を支払うことで社員に報いていると考えますが、会社がその高給を年金受給日まで支払い続けられる保証など、どこにもないわけです。だいたい、企業の平均寿命は10年もありません。特にコンサルティング業界は吸収合併が盛んで、永続するという前提で将来設計をするのは、ただのお馬鹿さんです(そんなおめでたいコンサルタントはあまりいないとは思いますが・・・・・)。

コンサルティングファームに限らず、会社はいつ倒産するか分かりませんし、業績が悪化すれば、リストラされるかもしれません。誰も生活の保障などはしてくれません。それに、給料が高ければ高いほど、次の転職先を見つけるのは至難の業です。

中には、給与は自分に対する評価だから高いに超したことはない、という人もいます。でも、給与水準って、企業規模、資本、所属業界によって自ずと決まってしまうもので、働いている人の能力や技術とはあんまり関係ないですよね。能力があれば給料が高いというものではなく、能力がある人が、高給を支払ってくれる業界・企業を選んだ時だけ、高給取りになるわけです。また、高給を支払ってくれる業界・企業の中には、コンサルティングファームのように永続性を前提としていない企業も少なくありません。ですから、今高い給与をもらえるからと言って、生涯年収が高くなる保証などどこにもないわけです。

こんな風に考えていると「人は弱く、一度贅沢を覚えると、生活レベルを落とすのは並大抵のことではないのだから、本当に必要なことが得られれば、それ以上の贅沢をするのは止めよう。自分にとって絶対に譲れないことが何なのか、それを守るためには最低限度いくらの年収が必要なのかを考え、必要な年収分は頑張って稼ごう。でも、それ以上はいらない。」というのはそれほど、非論理的な考え方でもないように思っているのですが、あんまり理解してはもらえないようです(笑)

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