« 2008年7月 | トップページ | 2008年10月 »

2008年9月

(仮称)荒川区良好な生活環境の確保に関する条例へのパブリックコメント

東京都荒川区が無責任な猫の餌やりを条例で罰しようとしています。

私自身は、実はこの条例には大反対というわけではありません。ただ、条例を悪用する人たちがでてくるのではないか、という懸念と、実効性が乏しいのではないかという懸念をしています。

現在、パブリックコメントを募集中なので、下記の文章を送りました。

この条例に意見がある方、ぜひ、パブコメを送ってください。パブコメを送るほどの行為はちょっと、、、という方は、条例を推進している荒川区議の小坂議員のブログにコメントをしていただくのもよいかと思います。

荒川区の正式サイト(パブコメ送り先含む)はこちら

小坂氏のブログはこちら

---------------------------------------------

荒川区 環境課御中

荒川区との区境に住んでいるものです。

このたびの生活環境の確保に関する条例ですが、今のままの条文では生活環境の向上には役立たないのではないかと懸念しております。

我が家のすぐ近くに、とても無責任な餌やりをする方がいます。餌をあげるだけで避妊不妊手術をするわけではないため、毎年数匹の子猫が生まれていました。生まれるたびに、子猫を保護して里親を探すなど、周囲は大変な労力を割いてきました。何回も手術をしていただくようにお願いにあがりましたが、餌を上げている方には軽度の知能障害があり、コミュニケーションがなりたちませんでした。

そのため、このままでは被害が拡大すると考え、近隣の住民で別の餌場を用意し、そこでご飯をあげ、慣れさせてから避妊・不妊手術をすることにしました。

上記のケースでは、たまたま我が家や他の地域猫の保護活動をしている人間の耳に入ったため、猫たちを飢えさせることなく、手術を受けさせることもできるわけです。

しかし、多くの場合はどうでしょうか?

無責任な餌やりをしている人たちを取り締まった後、その猫たちはどうなるのでしょうか?

行政として、責任を持って、しっかりとした保護活動をしている団体に引き継いでくださるのでしょうか?

迷惑を被っている人がいる、ということは十分理解しています。

しかし、単に取り締まるだけでではこの問題は何も解決しないのではありませんか?

餌やりが中止になれば、餓えた猫たちはゴミを荒らします。庭先やベランダ先にいる飼われている鳥たちを狙います。また、疫病を媒介するねずみを食べ病気に罹患し住民に病気を媒介する可能性が上がります。

行政として、こうした事態を引き起こしたいはずがありませんよね。しかし、餓えた猫たちは必ずゴミを荒らします。それは間違いがないことです。

住民の生活環境の向上と、動物の生きる権利は必ず両立できます。しかし、今回の条例のように住民の生活環境の向上という側面だけを取り上げて施策を打とうとすると、今後、この条例が「動物の生きる権利」を奪う方向で悪用されていかないかという懸念・心配で世論の支持を集めることは難しいと思います。

無責任な餌やりは禁止すべきだと思います。しかし、それが原因で猫を飢えさせることも禁止すべきです。動物を愛する者たちは「無責任な餌やりの取り締まりをやめてください」とお願いしているわけではありません。無責任な餌やりが突然なくなったときに、飢えてしまう猫たちが出ないようにしていただきたいのです。

ですから、

・無責任な餌やりの禁止

だけではなく、たとえば

・町会(それが無理なら町会単位で組織した動物保護グループでも可)での地域猫の世話(衛生的な餌やりと避妊不妊手術)の義務化
・行政による動物保護グループへの引き続きの助成・支援

といった両側面からのアクションプランを提示していただければ、現在巻き起こっている過激な反対意見は大半が収まるのではないでしょうか?

そして、もしも可能なのであれば、

・占有的に飼育する動物に対する原則として不妊・否認の義務化
・不妊・否認をせず繁殖をさせる場合のマイクロチップ埋没の義務化
・無償であっても繁殖をさせる場合は免許制を採用
・生体展示販売の禁止

といった、欧米での常識をこの東京の下町で実現するために、地域行政としてどんなことができるのかという中長期プランを合わせて提示してくだされば、動物を愛するものたちは、今以上にこの地域に誇りをもって住み続けることと思います。

どうか、住民の生活環境の向上と、動物の生きる権利の両立という側面からの条文への改正を検討していただけますよう心からお願い申し上げます。

|

うぎゃー、視力があぁぁぁ

逆さまつ毛が眼球を傷つけたことが原因で右目は裸眼で0.01未満、左目が0.06まで視力が低下し、メガネでもコンタクトでも矯正しきれなかっため、数年前に運転免許を失効しました。

あんまりにも日常生活も不便で、8年前に俗にレーシックと呼ばれるレーザーで近視矯正手術を受け、両目とも1.5まで回復しました。その時に眼科医からは「逆さまつ毛の手術をしないと、また視力は落ちるよ」と言われ、毎月コツコツとまつ毛パーマをかけては、まつげが目を傷つけないように工夫してきました。

でも、パーマは数週間で落ちてしまいます。特に癖が強い右目の下まつ毛は2週間もすれば目に入ってきます。常にチクチクと痛みがあって、かなりつらいです。なので、強力なマスカラで思いっきり下に向けて伸ばしたりしています。

でもやっぱり、限界があるようです。

運転免許を取り直すための視力検査を受けてきました。左目は1.5を維持していましたが、案の定、右目は0.8まで下がっていました。

ううううう、どうしよう。

これじゃあ、免許を取り直しても、また数年後には失効してしまう可能性大ですよね。

手術の失敗で下まぶたが二重になってしまうリスクがあること、上まぶたが奥二重からくっきり二重に変わることで顔立ちが大幅に変わること、この2点がいやでたまらないのですが、手術さえすれば視力の劇的な低下は防げるわけです。

頭では分かってるのだけど、まったく決断できません。我ながら、リスクマネジメントが悪すぎです。

|

新しい家族の形

ツナは、私が道端で保護してきた手乗りネコ(生後2日目の子達など)をも怖がる子です。そのため、保護してきた子達は次々に里子に出し、我が家に子猫が増えることはありませんでした。

ところがウィルが亡くなった後に来た花梨(カリン)に対しては、随分と態度が違います。

初めて花梨を見た瞬間、ツナはしっぽをピンと立てて「うにゃん!」と喜びの声を上げて駆け寄りました。(駆け寄ってまじまじと臭いをかいでみたらウィルじゃないと分かったようでそそくさと逃げましたが・・・)

人間と違って涙が流せるわけではないし、悲しみを言葉で表現するわけではないので、ツナの寂しさを身をもって実感することはなかったのですが、ウィルと外見がよく似たネコを見かけて喜んで駆け寄るツナの姿を見て、どれほどツナが寂しい思いをしていたのか、どれほどツナがウィルを愛していたのかが良く分かりました。

「080928_16360001.3gp」をダウンロード(花梨の毛繕い中のツナの映像です。)

添付の映像のとおり、ツナは花梨を一生懸命に毛繕いをして、まるでウィルが生き返ったかのような態度で花梨に接しています。

花梨は寝ているツナに飛びかかったり、歩いているツナにいきなり飛び乗ったりと、いたずらのし放題です。15歳の老ネコ(人間にすると85歳くらい)にとって、生後半年(人間にすると5歳くらい)の、活発ですぐに飛びかかってくる子猫はうっとうしいだけなはずです。それでも、ツナは花梨を大切にしています。

本を読むと「ネコは1匹でも大丈夫、仲間が欲しいという感情はない」「12歳以上のネコが子猫と同居するのは望ましくない」と書いてあります。でも、少なくともツナは花梨が来て幸せそうです。きっとツナは、寂しくて寂しくて仕方がなかったのだと思います。ウィルに向けていた愛情を花梨に向けているようです。

この先何十年が経とうと、ウィルがいない寂しさが消えることはないと思います。私がこの寂しさを乗り越えることは、きっと一生ないと思います。

でも、花梨が来てくれて、そしてツナが花梨を受入れてくれて、ようやく新しい家族の形が見えてきました。

|

ご近所さんはテロだとは思わなかったらしい

今日の朝8時過ぎから、我が家の真上を数台のヘリコプターが低空飛行で旋回し始めました。大きな道路からは離れているので交通事故の処理ではないですし、消防車が出動しているわけではないので火事でもありません。

職業柄なのか、親に第三国を連れ回されたからなのか、とっさに「爆破予告」と思ってフル警戒モードに入りました。おネコ様がどこにいるのかを確認して、持ち出すべき物を頭の中でリストアップし始めました。

おそらくこれを読んで「警戒しすぎ」と思われた方が大半だと思います。もちろん、日本人の一般常識の中に「テロ」という発想がほとんどないことも十分に理解してます。

でも、実は住んでいる場所がかなり特殊で、俗に「重要インフラ」と呼ばれる国家の危機管理対象となる施設が数百メートル以内に複数集まっているエリアなんです。そのため、911の事件の後は町中に警察官と自衛官があふれましたし、先日の洞爺湖サミットの時は制服警官と私服警官がゴロゴロいました。

警備の観点からもこの地域に高層ビルを建てることができないということは、私にとってはあまりにも当たり前すぎることだったのですが、どうやらここ最近引っ越してきた人たちは、あまりこういうことを意識していないようです。

都心の山手線沿線で、地形が複雑だからといってここまで商業施設がなくて、他のエリアよりもかなり地価が安いのを単に偶然だと思っているのだとしたら、それはあまりにも思考停止状態ではないかと思うのですが、、、、

安い買い物にはそれなりに理由があるはずです。なぜそこまで安いのか、冷静に判断して、そのリスクをできるかぎり低減するというリスクマネジメントの発想は、生活全般で必要だと思います。

結局、今日のヘリコプター騒動は新幹線操作場の信号故障だと発表されています。本当に故障していたのか、操作場に爆破予告でもあったのか、事実を知ることはできません。いずれにしても、日本の交通の要所(=十分テロの対象になりえる)だということだけは明らかなようです。。。

|

今日はさらに仲良し

080928_154500010001_2寒いからでしょうね(苦笑)

しかし、この大きさの違いだと、潰してしまうんじゃないか心配になります。

|

涼しいから仲良し

涼しいから仲良し
涼しいのでくっついてます。

暑いと喧嘩ばっかりなんですけどね。

現金なもんです(笑)

|

青虫大量発生

新しく植えたパイナップルミントに大量の生まれたての青虫が!

土にタマゴがあったのか、どこからか飛んできて生みつけたのかは不明です。

虫除けになるスペアミントやオーデコロンミントとは違って、パイナップルミントのように甘い香りがするミントは虫除けどころか虫をひきつけるフェロモンを出しているのではないかというくらいに虫がつきます。

我が家はお猫さまのために殺虫剤や除虫剤は使わないので、セコセコと手で虫取りです。

確か明日、なにか大切な試験があったような気がするけど、勉強しなくて大丈夫なのか?>ぢぶん

追伸

たくさんの青虫の写真をアップしようかと思ったのですがギャーという叫びが画面の前から聞こえてきそうだったので自重しました。

|

不正をしている会社で働きながら不正防止のコンサルティングをするということ

以前は、仕事と家庭を何とか両立しようと努力をし続け、地域社会での責任や地球市民としての役割もまっとうしようとするすばらしい上司や同僚もたくさんいました。しかし、産業構造が大きく変わり、コンサルや投資銀行が得る報酬があまりにも莫大になるにつれて、、こうした人間としての品性や品格を感じることができるコンサルタントや機関投資家、PEと出会う機会が激減していきました。

また、会話が全く面白くなくなってきました。社会構造に関しても、文学や絵画、音楽に関しても話をすることはできる。知識はある。でもその知識は本から得たものであって、自分自身が芸術に触れて何かを感じたわけでもなければ、身を持って社会構造の変化を体験してきたわけでもない、という人たちが増え始めました。

身をもって体験して獲得した知識と、書籍や映像から獲得した知識の重みの差を理解せず、複数の書籍から総合して推察した論理をあたかも事実であるかのように語るコンサルタントが増え、実際にコンサルティングの対象である製品やサービスを使い込まない人たちが主流になっていきました。

大量の知識はある、この知識をもとにフレームワークを作ることもできる。会話は成り立つし、キャッチボールとしてぽんぽんと刺激的な答えが返っては来ます。でも、地に足が着いていないような、なんだか分からないフワフワ感を感じるようになったのです。

そしてお客様に対して言っていることと正反対の行動をとるコンサルタントが目につきはじめました。

そして、とても残念なことに、お客様に対して内部統制をしっかりと構築して会計不正が起こらないような仕組みを作りましょう、というコンサルティングをしているコンサルタントや会計士が、「率先して」自社の会計不正に平気で手を貸す姿を何回も目撃するようになりました。

会計不正に加担したことが原因で以前の勤務先が消滅したにも関わらず、次の就職先でも上司からの不正への協力要請に対して進んで協力をしているコンサルタントまで出現しました。あれだけ痛い思いをしておいて、自分も同僚も自分の部下も路頭に迷わせることになる危険性が高いということを十分に理解していながら、それでも同じことを繰り返す。

自分が平気で会計不正に加担しながら、なぜ統制の重要性を説くことができるのでしょうか?

私は、こうした「専門知識は豊富だけれど、その専門知識を自分自身の行動に全く反映させていない」人たちが周囲に出現し、しかもお客様に対しては堂々と内部統制の重要性を説明しているという事実を「仕方がないこと」であると受け入れることができませんでした。

私は、お客様に対して助言することは、そのまますべて、自分自身でも守りたい。自分自身に後ろ暗いところがあれば、堂々と自信をもってお客様に助言をすることはできません。

私がもし、戦略策定やITシステムの導入支援をしていたのなら、もしかしたらまだコンサルタントをしていたかもしれません。しかし、私の専門はマネジメントシステムという企業の内部統制の構築業務です。お客様に対して統制がきいた組織作りをするように助言する以上、自社はそれ以上の組織でなければいけないと考えています。

「うちの会社は大丈夫」

そう言い切れる監査法人やコンサルティングファームはどれくらいあるでしょうか?

|

今年最後の夏カレー

今年最後の夏カレー
ひよこ豆、パプリカ、かぼちゃ、ズッキーニ、ナス、玉ねぎで作った夏カレー。本当はニンジンとジャガイモも入れるのだけど、ジャガイモは買い忘れ、ニンジンは甘くなるので入れませんでした。

秋が来てズッキーニが値上がりし始めたので、今日を最後に来年の夏までお預けです。

窓の外から幼稚園の運動会の行進練習の声が聞こえてきます。秋ですね~。

|

目覚ましが鳴ると

目覚ましが鳴ると
我が家のおネコさまたちは目覚ましが鳴ると目を覚まして暴れ始めます。

朝一番でヨガをしたり聖書を読んだりしたいという私の希望は完全に無視されています。

朝ご飯を要求し、ルーフバルコニーで草をはみ、部屋中を走り回ってから、5分起きに2匹で喧嘩をします。そして、喧嘩のたびに「ママ〜抱っこ」「ママ〜撫でて」とすり寄ってきて膝に乗ってきます。ひとしきり甘えると「じゃあ遊んで」とおもちゃをくわえて持ってきては投げろと要求します。投げるとくわえて持ってきます。犬みたいです。遊びながらまた喧嘩をします。そして、また甘えてきます(以下、繰り返し)。

これが1時間以上続き、こちらがヘトヘトになった頃、彼らも眠くなるらしく、ソファーやキャットタワーに移動してくれます。

これからようやく、家事や勉強ができます。

寝てる姿は天使なんですけどね〜

|

キャットウォークが来た

080922_13200002 キャットウォークが来た

壁面利用タイプのキャットウォークを買いました。ネット最安値が1万8千円だったのですが、近くのペットショップの四半期決算セールで1万4千円で買えました。

私は工作や日曜大工が大好きで、しかもかなりケチなので、我が家の家具はソファー以外は全て組み立て式の安い通販家具です。(通販では色を確認しにくいので家具の色は全て白で揃えています。)

キャットウォークの組み立ても楽しくて、ちょこちょこ邪魔しに来るおネコ様たちをからかいながらネジを回していました。

我が家のおネコさまたちは運動神経に難があるので登れるかどうか不安だったのですが、何回か落ちたものの、無事に一番上のハンモックで寝てくれました。

熟睡して落ちないといいんですけどね。

|

産業構造のいびつさを肯定させようという悪意を感じる

先日、東証一部上場製造業の財務最高責任者(CFO)と話していたときに「このまえ、投資銀行の人のお給料聞いて驚いたよ。まだ30台なのに、うちの社長の給料より高いんだよね。と言われまし た。

「一日13時間働き、5時間勉強し続ける生活を7-8年は続けた結果ですからねえ。おそらく、御社の社長が今までの人生で費やした勉強時間やビジネスのトレーニング時間以上の時間を、この7-8年で費やしています。それに、コン サルや投資銀行って、働けて10年なので、みなさんが30年かけて獲得する生涯年収を10年で得ないと生活できないんですよ。」と答えておきました。

私の答えは、確かに嘘ではありません。私自身の人生を振り返ってみても、どこかに旅行にいった記憶もほとんどなければ、家でノンビリとテレビを見ていた記憶もありません。

プロジェクトをして、読書をして、新しい方法論を考えて、健康維持のための運動をして、毎日が過ぎ去っていきました。常に投資対効果を考 え、仕事で使うフレームワークで家庭生活も介護もマネジメントしていく生活。それをやり遂げられたのは、確かにコンサルタントとしてのトレーニングの賜物 でしょう。

しかし、私にとってよくわからないのは、私は3人分の介護施設費用をまかなうという目的があったので、お金が必要だったのですが、周囲を見回しても、それほど「そこまでして働かなければいけない」理由がある人っていないんですよ。

それなのに、何で巷ではここまで、年収アップのためのノウハウ本が売れ、まるで誰もがビジネススキルをアップしなければいけないかのような錯覚を与えかねない世の中になっているのでしょうか?

格差社会の到来で、自分自身が格差の下のほうにランクされることに対する漠然とした恐怖があることは理解できます。しかし、では格差社会が進んでいる諸外国で、俗に下流層と言われる人たちの生活が本当に不幸なのでしょうか?

私は、各国のストリートで楽器を演奏し、ダンスを踊り、つつましく生活していた彼らが不幸には見えませんでした。また、私自身が、生活保護を受けて、母親と二人でなんとか糊口をしのぐ生活をしてきましたが、その生活が不幸だったなどとは全く思っていません。

収入格差が子供の学力に影響する。平均すれば、それは確かにそのとおりでしょう。それは、都営住宅2種と言われる団地の出身者である私の幼馴染達の学力や現在の平均収入を考えればとてもよく分かります。

ですから、収入格差が子供にまで格差を引き起こすというニュースを聞いた親達が子供のために少しでも収入を増やしたい、と考える親心は分かります。 しかし、そのために全てに効率性を求め、心のゆとりを犠牲にし、細かくタイムマネジメントを行い、全力で子供に向き合う時間を極端に減らしたとします。塾 や家庭教師の効果で子供の学力が上がったとして、親が自分を愛しているという絶対的な自己肯定ができない子供に育つリスクが高まるとうい恐怖は感じないの でしょうか?

日本のホワイトカラーの労働生産性は本当に低いです。労働生産性をあげ、短時間勤務で家に帰って家族と一緒にすごしたい。

この発想はきわめて正しいと思います。しかし、現実問題としては、日本の伝統的な企業に勤務している限り、自分だけが仕事を効率化したとしても、全体の労働量は減らず、早く帰れるようにはなりません。

結果的に、一部の特殊な社風を持つ企業以外では、ビジネス能力を伸ばすための努力をすれば企業内での評価は高くなり平均よりはちょっとはお給料が高くなるけれど、今まで以上に家族と過ごす時間はなくなる、という正反対の結果をもたらしています。

格差社会が到来した。

それは確かにそのとおりだと思います。でも、そのときに本当に発信すべき情報は「こうすれば上流階層の仲間入り」というノウハウ本だけなのでしょうか?

なぜ、ネットでも書店でも「どれだけ格差があっても、それなりに幸せに暮らしていけるよ」という情報がほとんど見つからないのでしょうか?

あまりにも情報が偏っていて、何かの意図や悪意を感じてしまいます。

|

本当のヒーロー

テレビを見ていたら、アメリカの人気ドラマ「24」主演のキーファーサザーランドが「自分をはじめ、近頃のハリウッド俳優たちの出演料は高額すぎる。 本当のヒーローは、教師や消防士、警察官であって、自分たちのように実際の世界で何も生み出さない人間たちではない。こうした人たちが正当な評価(おそら く報酬、という意味)を受けるべきだ。」という発言をしていました。

スポーツ選手や俳優が与える夢や希望を軽視する必要はないとは思います。実際の世界で何も生み出していない、ということはないと思います。でも、やはり、私自身もキーファーサザーランドと同じように、昨今のセレブリティやいわゆる事業再生屋さん達が高給を得るという社会の仕組みには強烈な違和感を感 じます。特に、私自身がプロフェッショナルとして心から尊敬している一人である「ある学校の先生」が「生徒たちに捧げている愛情と時間の長さ」と「収入」を考 えると、正直なところやるせない思いがします。

長期的に本当に企業価値を高めるかどうかというゴーイングコンサーンの視点からではなく、短期中期スパンでの株価向上を目指した資本政策を行い、そ の利ざやで軽井沢に別荘を建て、ドンペリを好きなだけ飲む人達。飲食と移動交通費を顧客にチャージし、数千万円の年収を株式と車と建物に投資する生活。丸 の内で打ち合わせをしていた時に「ラーメンを食べたい」と言って、新幹線で新横浜のラーメン博物館に食べに行った人もいれば、それを聞いた別の人が翌週に 「ラーメン食べに喜多方に行ってきた」と言う世界。

企業のターンアラウンド(事業再生)や口銭利ざや商売が天職だ、と本気で思っているのなら、なぜそこまでの贅沢が必要なのか、なぜそんなに自分の身の回りに取り巻きを作りたがるのか、何が彼らをそこまで駆り立てるのか、、、、、、

彼らの多くが収入の多寡ではなく自分という人間に対する肯定感が高いのだとしたら、なぜ「同じ価値観で仕事をしろ」「不正に目をつぶれ」「違法じゃないんだいから、倫理的に問題があっても何が問題があるんだ」という無言・有言のプレッシャーさえ与えるのでしょうか。

収入を上げること自体は間違った行為ではないと思います。しかし、私にとっての英雄は、教師が天職だと言い切る学校の先生や、駅のホームで目が不自由な人に肩を貸して一緒に歩いている人たちです。子供としっかりと向き合い、話し合いたいと願い、家族との時間を最優先にするお母さんやお父さんたちです。こうした英雄達が、英雄としての性質を維持しながら収入をアップさせることができるのだとしたら、収入を上げるための努力を否定する気はありません。

しかし、現実はどうでしょうか?

|

久しぶりに暑い

久しぶりに暑い
台風一過の今日はほとんど無風で、部屋の中に風が入ってきません。

おネコさまたちは暑いようで手足をだらんと伸ばして寝ています。

これから、先月天国に帰ったWiLLと同じバーミーズという種類のネコちゃんがいるお宅に遊びにいきます。WiLL以外のバーミーズに触れたことがないので、WiLLに似ているのにWiLLじゃない子に会うというのが、なんだか不思議な気がします。

|

静岡駅はすごく都会でした

Img_s 掛川から1駅新幹線に乗って、静岡で降りました。
のんびりとした掛川とは違って、静岡駅の周辺はすっごい都会で、いくつものデパートやカフェをはじめとするおしゃれなお店が並んでいました。

この便利な都会から車で30分も走れば綺麗な海があって、反対側に15分も走れば美しい山を歩くことができます。東京では考えられない豊かさです。ただ、ロスアンジェルスにしてもニューヨークにしても、おなじくらいの時間で自然に触れることができるわけで、グローバルスタンダードで考えると、東京のスプロール(一極集中)が極めてイレギュラーなんでしょうね。

静岡駅で降りた目的は、小磯良平氏の聖書装画展です。

卓越したデッサン力、すばらしい構図、そして私が大好きな水彩という画材で描かれた聖書の世界を堪能することができました。(小磯氏は水彩だけではなく油彩作品の多い、日本を代表する洋画家です。色数を抑えた落ち着きのある色調と群集を描く構図が特に高く評価されています。)

こちらのサイトから、いくつかの作品を見ることができます(小さい作品をクリックすると大きくなります。)

駅前からバスに15分も乗れば温泉も楽しめるようです。

今回はあわただしかったのですが、次回はのんびりと数泊したい場所でした。

|

な、なぜ女性向け?

な、なぜ女性向け?
ふと立ち寄った本屋で、ぼくオタリーマンが「女性向けエッセイ」のコーナーに。

なぜ女性向け?

まあ、もちろん、女性が読んでもおもしろいけど。

まさか作者が「女性ファン増えたらもてるかも。女性向けコーナーに置いて下さい!」って言い出したとか?いや、それを言える性格だったらオタリーマンじゃないか……

う〜ん、気になる。

| | トラックバック (0)

それは歩かなさすぎ(笑)

それは歩かなさすぎ(笑)
それは歩かなさすぎ(笑)
掛川に来ています。

掛川教会は私の所属している荒川教会よりも、老朽化が激しい建物でした。でも、しっかりと手入れされた庭と、しっかりと塗り替えられている屋根の上の十字架がとても美しい景観を織りなしています。

教会の前から、掛川城がみえたので、何分くらいで着くか尋ねると「遠いから車で連れて行ってあげる」と言われました。

でも、写真のとおり、そんなに遠くは見えません。なので、何分くらいかかるのか再度尋ねると「15分はかかるから車で連れて行ってあげる」と言うのです。

あの〜、15分って全然遠くないんですけど(苦笑)

笑って「それくらいなら歩きますよ」と言ったら「そういえば、都会の人の方が歩くんだよね」と苦笑してました。

1キロの距離を歩かなくなったら、足腰がかなり弱くなってしまいそうですね。

| | トラックバック (0)

ベジタリアンもカツ丼は食べます

080917_10040001

ベジタリアンもカツ丼は食べます。

カツ=肉とは限らないんですよね。

これは「おからこんにゃく」のカツです。

歯ごたえもあって、とてもおいしいです。

私は完全なベジタリアンというわけではなく、少量ならお肉もいただきますし、シーフードを食べることもあります。ただ、しっかりと手をかけて調理した肉を使わない料理の味の方がおいしいと感じます。

ただ、これは私に限ったことではなくて、マクロビレストランで、肉大好きだけどこのカツ(具はおからこんにゃく、車麩、ベジミートなど)はおいしいと言っているお客さんを見かけることがたくさんあります。なので、わりと万人受けする味なのではないかと思います。

高コレステロール、内臓脂肪が気になる方は、とんかつの代わりにこうしたベジタリアンカツを食べてみるのも良いかと思います。ただ、料理の手間を考えると、肉料理って楽なんですよね。。。。。

おからこんにゃくを使ったカツの作り方はこちらです。

|

箒が198円!

Ca3900860001Photo近くのホームセンターで、竹箒が1本198円で売っていました。喜び勇んで買って、さっそくバルコニーの掃除をしました。

し、しかし、この掃除、終わりが見えない。掃いても掃いても終わらない。。。。

疲れたので、適当なところで切り上げました。

というわけで、本当でしたら床面の写真をとって「こんなに綺麗になりました」と自慢する予定だったのですが、あんまり綺麗にならなかったです(苦笑)

終わりが見えない掃除を止めて、弱ってしまったアイスバーグ(白いバラ)を抜いて、代わりに何種類かのハーブを植えました。キャットニップを植えたので、お猫さまたちがよろこんで食べてくれるのではないかと楽しみにしています。

庭に直植えするのと違ってなかなか根が成長しないのがバルコニーガーデンの難しいところです。でも、季節毎の剪定を続けていたら、7年前に苗木だった銀木犀がずいぶん大きくなりました。日本の気候と合わないバラとは違って、日本固有の植物はしっかりと手入れさえすれば、小ぶりながらも着実に伸びてくれるものですね。

|

殉教者? 長崎・平戸のキリシタン遺構から人骨

1年ぶりに、全ての床にワックスをかけました!

終わった~

充実感でいっぱいです。

掃除の後、図書館に行って普段読んでいない読売新聞のバックナンバーそ読んでいて、驚くべきニュースを発見。

平戸で行っていた発掘で、口伝に残っている「弾圧に抵抗して1000人のキリシタンを守り抜いた家族」の遺骨が発見されたのではないか、というのです。

この口伝、知ってるんですよ。でも、ただのうわさ話、作り話だと思ってました。

隠れキリシタンの家庭に代々続く口伝秘話は、大概が作り話だと思っていたのですが、どうやらそうではなかったようです。おじいちゃんの話は、話半分にしか聞いてなかったのであまり覚えていないんですよね。わー、しっかり聞いておけば良かった。

この6人が命を張って村人達を守ってくれたから、私の先祖は生き残ることができたわけです。そして、そのおかげで私が生まれることができて、今この世界で生きているわけです。

この6人が命を投げ出してくれたおかげで生まれてくることができた命は、今この世界に何人くらいいるんでしょうね。私の親族だけでも数百人は心当たりがあるので、トータルすると数千人、いえ、数万人、でしょうか?

殉教という行為を崇拝する気はないです。でも、やはり、今こうして自分自身に命が与えられているというこの現実を考えると、彼らの殉教に心から感謝を伝えたいと思います。

ウェブでも記事があったのでリンクを張ります。

8月27日の記事「隠れキリシタンの教会や墓確認へ、長崎・平戸で遺構試掘

9月12日の記事「殉教者? 長崎・平戸のキリシタン遺構から人骨

|

「仕事に遊びと贅沢を」と説教されて気がついたこと

すごく居心地が悪い。

それが、企業の管理部門からコンサルティングファームに移った時の最初の感想でした。仕事の中身は楽しいし、お客様との関係も良好、プロジェクト自体はワクワクする。一緒に働く仲間も(何人かは気に入らない人はいても)それほど関係が悪いというわけでもない。

だけど、漠然として気味の悪さがつきまとう。

数年前に、この奇妙な漠然とした違和感が、強烈にハッキリと姿を現す出来事がありました。「仕事には贅沢や遊びがあることが大切」と真顔で上司に説教され、同じような価値観で物事を進めるようにと説得されたのです。

あ、私、経済的な価値観が全然合わないんだ。

社員同士の飲み会で、1本3万円のワインを会社の経費で飲むことは、別に違法行為ではないのでしょう。

これといって急いでいるわけでもなければ、電話をかけなければいけないといった理由がなくても、どこに行くのもタクシーを使う、というのも別に決裁権限さえ逸脱していなければ、規程違反でもなんでもないのでしょう。

贅沢なオフィス、仕事上の必要性がないおしゃれな町へのオフィスの移転、どんどんインフレしていく社員達の給料、これらは社員達のブランド意識やエリート意識をくすぐるには役に立つのだとは思います。

しかし、それでも私は、生活レベルが上がってしまえば、そこから先は「ただひたすら生活レベルを維持するために高給を支払ってくれる組織にしがみつくしかない人生」を送ることになるぞ、それは危険だぞ、そんなこと続けてたら会社が不正をしろと言ったら不正をせざるをえない人間になるぞ、と日々自分に言い聞かせ続けていました。

これは、内部統制の整備や監査という仕事柄、会社命令で会計不正を繰り返す大勢のサラリーマンや、清算されていく多くの企業を見てきたからこその恐怖心だと思います。

また、プラダ合意という個人の力ではコントロールしようがない国策によって父が破産をしたため、中学生の時に「これから先も、いつ何が原因で無一文になるか分からないから1円でも無駄にしないで生活するぞ(+お金がなくなっても困らないだけの技術と知恵をつけよう)」という覚悟をしたことが影響していることは間違いがないでしょう。

会社側は高給を支払うことで社員に報いていると考えますが、会社がその高給を年金受給日まで支払い続けられる保証など、どこにもないわけです。だいたい、企業の平均寿命は10年もありません。特にコンサルティング業界は吸収合併が盛んで、永続するという前提で将来設計をするのは、ただのお馬鹿さんです(そんなおめでたいコンサルタントはあまりいないとは思いますが・・・・・)。

コンサルティングファームに限らず、会社はいつ倒産するか分かりませんし、業績が悪化すれば、リストラされるかもしれません。誰も生活の保障などはしてくれません。それに、給料が高ければ高いほど、次の転職先を見つけるのは至難の業です。

中には、給与は自分に対する評価だから高いに超したことはない、という人もいます。でも、給与水準って、企業規模、資本、所属業界によって自ずと決まってしまうもので、働いている人の能力や技術とはあんまり関係ないですよね。能力があれば給料が高いというものではなく、能力がある人が、高給を支払ってくれる業界・企業を選んだ時だけ、高給取りになるわけです。また、高給を支払ってくれる業界・企業の中には、コンサルティングファームのように永続性を前提としていない企業も少なくありません。ですから、今高い給与をもらえるからと言って、生涯年収が高くなる保証などどこにもないわけです。

こんな風に考えていると「人は弱く、一度贅沢を覚えると、生活レベルを落とすのは並大抵のことではないのだから、本当に必要なことが得られれば、それ以上の贅沢をするのは止めよう。自分にとって絶対に譲れないことが何なのか、それを守るためには最低限度いくらの年収が必要なのかを考え、必要な年収分は頑張って稼ごう。でも、それ以上はいらない。」というのはそれほど、非論理的な考え方でもないように思っているのですが、あんまり理解してはもらえないようです(笑)

|

はじめまして

私は、元々は介護と学費のために抱えた莫大な借金返済のためにコンサルティングファームで働き始めました。しかし、数年前に返済が終わり、それほどの収入は不要になりました。つまり、自由に使えるお金が急に増えてしまったのです。

初めのうちは、自分さえしっかりしていれば、周りには流されない、と高をくくっていました。しかし、次第に「どうも私はそんなに強くないぞ」「このままここにいたら、駄目になる」「贅沢を贅沢と気がつけなくなる」と思うようになりました。

そして、プロジェクトの区切りがついてお客様に迷惑をかけずに済むようになったら、一日も早くこの世界から足を洗って、堅実で地に足がついた仕事をしよう、と思うようになったのです。

年収2000万円のプレゼンテーション術という特集本が売れ、年収が高いことは無条件で良いことという風潮がある昨今、こういうことを言うのは時代遅れか、負け犬のとおぼえと受け取られて当然かと思います。

それはそれで良いと思います。

ただ、あまりにも年収アップを目指す情報ばかりが溢れているので、少しくらいは「幸せって年収と比例しないよ」というブログがあってもいいんじゃないのかな、と思ったのが、このブログをはじめたきっかけです。

米リーマンが破産申請をし、メリルが救済される側に回った日だからこそ、このブログを始めるには最良の日なのではないかと思います。

年収ダウンを目的とした転職活動や、その結果手に入れた日々の生活、周囲の反応など、思いつくままに書いていきたいと思います。

是非、いろいろとコメントを下さい。

|

« 2008年7月 | トップページ | 2008年10月 »