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時間がないから正直にならざるをえなかった

「言っていることと本音が違う。人というのは大体がそういうものだ。」先日、職場でそう言い切られました。それに対して「嘘をついたり誤魔化しても時間がかかるだけで、言っている側にも聞いている側にも何のメリットもない」と答えました。この私のコメントに対して「それはそうだけど、そういうものだ」と笑っていました。

もちろん、私もそれは良く分かっています。

ただ、それはあくまでも「時間が極端に限られていない、しかも単一文化背景の人だけが集まっている組織でだけ通用する常識なのだということにも、気がついて欲しいなあ」と思いました。

本音を隠したり、人や自分の失敗を隠したり、そうやって本当に伝えるべきことと、言葉にしていることが違っていると、後から問題は大きくなり、対処に時間がかかります。

表面を取り繕い、誤魔化すという態度、言っていることと考えていることが違うという態度をとっていると、問題が小さいうちに芽を摘むことが困難になります。

会社以外ではこれといった責任を担っていない猛烈サラリーマンであれば、問題が大きくなったら残業をして問題に対処し続ければ良いことでしょう。

しかし、会社員としての役割以外にも多くの役割を担って、それをこなそうとしている人にとっては、そんな時間は与えられていないのです。

言い訳や嘘につきあっていて、保育園のお迎えや、病院の面会時間に間に合わなくなるのはあまりにもばかげています。

もちろん、正直にネガティブな考えやマイナスの意見を伝えることに対してためらう気持ちは、私にだってあります。ですから、言いにくいことを誤魔化して察してもらいたい、という気持ちはとても良く分かります。

しかし、理解はしたうえで、なお、やはり1分で済むことは1分で終わらせて欲しいのです。言い訳やごまかしのために10分かけないで欲しい。この差の9分間で、病院の会計窓口が締まってしまったら、薬は受け取れなくなるし、着替えを届けてあげられなくなります。それは、やはり、とても迷惑なことなのです。

「勉強します。努力します。やります。」

職場でも、NPOでも、こう言い続けてやらない人がたくさんいます。

やらないことは、本人の自由です。好きにすれば良いと思います。

しかし、それならば「勉強しません。努力しません。やりません。」と言って欲しいのです。

例えば職場で「勉強します」と言われたら、勉強することを前提とした仕事を用意します。結果として勉強していなければ、仕事を担当してもらうことができなくなります。できる人が残業して対応しなければいけなくなりますし、本人も仕事がなくてボーッとしていなければいけなくなります。

「やります」と言われたら、やり終わっていることを前提として他の仕事を組み立てます。結果としてやっていなければ、その後の仕事の段取りが全て崩れます。多くの場合、本人以外が緊急で残業をして対応をしなければいけなくなります。やらない、と言っておいてくれれば、事前に段取りを組み直して、仕事を割り振ることが可能になります。

「本音を隠して表現し、なんとなく本意を察して欲しい」という態度は、私にとっては「円満に物事を薦めるための処世術」ではなく「時間を盗む行為」です。

私が仲良くさせていただいている多くの方々が、子育てをしている、介護をしている、ボランティアをしている、歌を歌っているなど、さまざまな活動をこなすために、時間を細分化してしっかりと管理せざるをえない人たちです。

彼らは程度の差こそあれ、プライベートに限らず、職場でも本音で話している割合が圧倒的に多いのです。できるかぎり本音で端的にコミュニケーションを取るというのは、時間に追われている人たちが取らざるを得ないスタイルなのだろうと思います。

また、多様性が豊富な環境に長年身を置いてきた人も、やはり本音をはっきりと口にだす割合が多くなります。これは、文化背景の違いによって生じる誤解を最小限にするためには「明確に意思表示をすること」が大切だからです。

「言っていることと本音が違う。人というのは大体がそういうものだ。」

この意見も良く分かります。しかし、それはやはり、多様性(ダイバーシティ)というものを前提としていないからだと思います。

多様性を前提とした途端に、言っていることと本音が違っていたら相手には伝わらない可能性がある、ということを危惧するようになるからです。

多くの日本企業では、そもそも多様性を前提としたコミュニケーションスタイルを取りません。また、1分1秒に追われる生活を社員が送っているという前提では仕事を組み立ててはいません。ですから、伝統的な「察する」「慮る」という文化を「当たり前のこと」と考えているのだとは思います。

しかし、多様性を前提とした環境に長年身を置いてきて、なおかつ会社以外での役割を多数抱えている私にとっては「察する」「慮る」という文化のメリットは、なかなか理解しがたいものがあります。

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