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2008年5月

一緒に寝てます

080531_185500011ちょっと分かりにくいですが、巨大な茶白猫(ツナ)の上に、黒い子猫(ふう)が乗っています。

ふうは、ツナの尻尾にじゃれては、相当、強く威嚇されて怒られています。どれだけ怒られても、あきらめずにじゃれるので、かなりうっとうしがられています。しかも、ツナを追い回します。

でも、ツナは寂しがって鳴く子猫(ふう)を放っておくことができなかったようで、鳴きながらよじ登ってきたふうを乗っけたまま寝てくれてました。

ふうさえ、ツナを追い回さなければ、仲良く暮らしていけそうです。

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消防士さんはいつも消防車でやってくる

先日、自宅のすぐ近くの小学校の中から、子猫の異様な泣き声が聞こえてきました。夜遅かったので、管轄の区役所に電話をして中に入れてもらって、探し回りました。

どこにいるのか、なかなか見当がつきませんでした。ところが、ふと校舎の裏から声が聞こえてきたので、裏に回ることにしました。すると、1匹が駆け去って逃げていくのが見えました。「あーあ、逃げちゃった」と思ったのですが、なぜだか、まだ妙な声が聞こえます。

母猫の鳴きまねをして鳴いてみると、返事をします。

鳴きまねをしながら探してみると、なんと、小学校のエアコンの巨大な室外機の下の4センチ弱の隙間に、真っ黒な子猫がいるじゃないですか。

呼んでも出てきません。しかし、逃げもしません。少しだけ動くのですが、おなかを地面にべちゃっとつけて、這うように歩いています。どうやら、はまってしまっているようで、身動きが自由にできないようです。

なるほどー、もう1匹の子猫はこの子を助けようとして、一生懸命に鳴いていたんですね。

事情は分かりましたが、私の手が入るわけでもなく、救出しようがありません。仕方がないので、119番通報をして、消防士さんに来てもらいました。

我が家の実家の真裏にある消防署から、消防車に乗って4人の消防士さんたちが駆けつけてくれました。

火事じゃなくても、消防士さんは出動のときは、救急車か消防車のどちらかに乗ってくるんですね。

はじめは、棒で押し出そうとしたのですが、棒の長さが足りません。そこで、次に、ホースをU字型に子猫の周りにまわして、ホースで巻き取るようにして救出するという作戦に変更しました。

子猫は、時折みゃーみゃーと鳴きます。興奮してシャーっと言うことなく、とてもおとなしくしています。もしかしたら、随分長くはまっていて、体力が消耗しているのかもしれない、救出したらすぐに動物病院に連れて行かないといけないな、などと考えていました。

消防士さんたちの根気強いホースワークのおかげで、2時間後に、室外機の端に、子猫のおしりが見えました。室外機の端は、少しでっぱりがあるので、ホースで引き出すことはできません。一番手が細そうな消防士さんが手を入れて、少しずつ引き出しました。

引き出された子猫を見ると、3週間程度のほんとうに小さな黒い子猫でした。

消防士さんから受け取って抱き上げると、逃げるわけでもなく、顔をうずめてきます。我が家の愛猫ウィルにそっくりです。(黒猫なので、写真うつりが悪くて可愛い写真が撮れません・・・・)

もう、この時点でメロメロになってしまいました。

080524_20120001

我が家のお猫様たちはもう15歳になります。通常、新しい猫を迎えるのは12歳が限界だといわれています。なので、かなりのチャレンジではありますけれど、なんとか我が家の子にしようと、創意工夫を続けています。

救出劇の最中もまったく興奮せず威嚇も攻撃もしなかったのは、どうやら本人の性格のようで、救出された直後から、元気いっぱいに遊んで、食事をしていました。また、まだ小さすぎて綿密な健康診断はできませんが、とりあえず猫エイズと猫白血病は陰性で、健康上の大きな心配はないようです。

まだまだ、先住猫との同居がうまくいっていません。子猫はある1部屋の中だけで生活しています。先住猫達は時々のぞきにくる程度であまり興味がないようですが、子猫が近づこうとすると、すごい勢いで威嚇します。威嚇されても、子猫は気にしていませんが・・・。

なので、心配事はつきません。しかも、部屋の中が子猫仕様になっていないので、コンセントや家具の配置をすべてやりなおさなければなりません。

でもまあ、可愛いのでいーか、とすでに親ばかモードになっています。

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型にはまって生きてみるのもおもしろい

The Year of Living Biblically: One Man's Humble Quest to Follow the Bible as Literally as Possible

聖書の神様を信じているわけでもないけれど、ためしに旧約聖書が教えているライフスタイルを守って1年間生活してみよう。

こうして1年間を過ごした男性が書いた本です。

この男性は、過剰なまでの選択肢に振り回されている毎日が、とてもシンプルになり、反対に人生や自分自身・家族・友人に対して真剣に思いやる貴重な時間が増えた、と述懐しています。

現代クリスチャンの多くは、この著者ほど厳密に旧約聖書の教えを守って生活しているわけではないと思います。しかし、一部とはいえ、聖書の教えを守ろう、と意識しながら生活することで、過剰なまでの選択肢に振り回されるのではなく、考えるべきこと、感じるべきことに集中する習慣を身につけやすいので、この男性が受けたのと同じ恩恵を受けているのだと思います。(もちろんこれは、聖書だけではなく、コーランでも仏典でも同じ恩恵があると思いますよ。)

こう考えると、俗に修行といわれるものの意味や意義が分かりますね。

Lifehacking.jpではこの書籍を読んで「形式が心理に影響を与え、結局人生観を変えてゆくプロセスも侮れない」ので「なりたいと思う人を徹底してまねする」と良いというアドバイスをしていました。

旧約聖書の教えを本当に守ろうとすると、日本では食べられるものがほとんどなくなるので、かなり厳しいとは思いますが、この書籍を読むと旧約聖書の全ての戒律を守ってみてい気分にはなります(笑)

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悪口や誤りに反論する自由もないんだなあ(溜息)

ある情報を検索していたら、自称ITの専門家という方のブログにたどりつきました。記述の内容にかなりの誤りがありました。そのため、気になって他の記事をざっと確認してみたところ、私の友人の悪口を書いている記事を複数発見してしまいました。

記述内容に誤りがあったうえに、友人の悪口・・・・

私の立場を明確にして、実名で誤りを正したい、という誘惑にかられました。でも、悲しいことに、できないんですよ。。。。。

私はいくつかの国家試験・公的資格の試験委員をしてきました(今も1つだけ継続しています)。日本の会計士試験のように、委員の名前が明確で、しかも委員の専門分野から出題される確率が高い、という試験もあるにはありますが、実際には、多くの試験で、試験委員の興味と出題に相関関係などないような気がします。

しかし、世の中には試験委員の専門を調べて一覧にするというサービスを提供している予備校まであります。現在各試験委員が興味を持っていたり、発表したばかりの分野から出題される確率が高いと思うらしく、試験委員の専門のためのインターネット上の掲示板やコミュニティもあります。

こういう現状なので、万が一、たまたまでも、試験委員がどこかで発表したことが試験に出てしまったりすると、試験のやり直しといった事態を招きかねません。ですので、試験委員に対して、当該分野でコメントを出すことを禁止していたり、事前にコメント内容の提出を要求している試験が一般的です(アメリカだと禁止している試験の方が一般的だと思います)。これは、試験の公平性や客観性を保つためには当然の措置だと思います。

ですから、私は私の名前を、いくつかの分野に限っては自分で勝手に使う自由がありません。このブログで専門に関する記述が極端に少ない(ほとんどない)のも、実はこれが一因です。ブログを持つこと自体は禁止ではありません。専門分野について書いている試験委員はたくさんいます。しかし、もしも記述内容と類似の試験が出てしまったら・・・・。やっぱりそのたびに問題になります。

冒頭の、自称IT専門家の方の記事は、私が数年前に試験委員を務めていた試験制度に関する間違いがありました。この試験は、試験に直接関係するコメントは、試験委員を退任してからも、一切行ってはいけない、という契約があります。ですから、コメントをすることはできません。どの程度の訪問者数があるブログなのか不明ですが、被害者が増えなければ良いなあ、と心配です。

ブログは誰でも情報発信ができるし、心理的に自分で検索して見つけた情報が嘘だとは考えにくいというバイアスが働きます。しかし、間違えている情報も多々あるので、意志決定の判断にする情報は、複数ソースから検索して活用しなければい危ないな、と思います。

明らかに誤っている情報を目撃しても修正できない、というのは結構なストレスになりますね(嘆息)

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意外と単純:プロジェクトマネジメントの極意

監査法人やコンサルティングファームで勤務をしてきたので、ルーチンワークの仕事はほとんどなく、常に複数のプロジェクトに参加してきました。20年間、さまざまなプロジェクトマネジャーの下でプロジェクトを経験して、自分なりに、いくつかの方法論やあるべき論を持つようになりました。

その1つが「失敗の責任は常に自分にある」という考え方です。精神論で、良い人ぶっているのではありません。プロジェクトが悲惨なことにならないために、極めて有効な思考方法です。

お客様と一緒にプロジェクトを遂行していると、お客様が作業を忘れてしまうことが多々あります。こんな時に「作業を忘れたお客様が悪い」と考えると、このお客様と一緒にプロジェクトに参加している限り、お客様の性格矯正でもしなければ、今後も似たようなトラブルを回避することができません。しかし「お客様にリマインドし忘れた自分が悪い」と考えると、次からはお客様をリマインドすれば良いだけなので、トラブルを回避することができます。

人は人を変えられません。でも、自分の行動は変えられます。ですから、失敗や非効率の原因が自分にある、と考えることができれば、常に改善策を考えることが可能になります。

もちろん、失敗の原因が自分にある、と考えた後で「だから自分は駄目なんだ」という自己卑下に走ってしまっては、改善につなげることなどできません。

だいたい、プロジェクトにしろ、人間関係にしろ、自分だけが悪いとか、相手だけが悪いということはあまりありません。多くの場合、失敗は複合的なことが原因です。ですから「自分が悪い」と考えるというのは、あくまでも頭の体操です。「自分が悪いと考えれば、改善できるし、再発が防止できる。だから、自分が悪いと考えておく方が、トータルで考えると得」という考え方です。(もちろん、時には、本当に自分だけが悪くて、謝って回らないといけないようなこともありますけどね。。。。)

プロジェクト責任者が小さな失敗の責任を他人に押しつけ続けて、問題が大きくなりすぎて取り返しが付かなくなって破綻する、というプロジェクトが少なくありません。

プロジェクト責任者や現場のリーダーが「問題の責任が自分にある」「だから改善できる」という思考パタンを身につけているプロジェクトでは、悲惨なことになる可能性が、比較的小さいと感じています。

プロジェクトマネジメントの国際規格化(ISO)をにらんで、世界各国の代表委員が討議を重ねています。プロジェクトの設計や、運用に関する考え方が中心で、プロジェクト責任者やリーダー・メンバー達の思考のフレームワークは規格化の対象外だとは思います。しかし、実際には責任者やリーダーの思考パタン・フレームワークが、プロジェクトの成功失敗の、極めて大きな要因だと思います。

国際規格では、こうした視点も踏まえた良いものができるといいなぁ、と期待しています。(このブログを日本の委員2名が読んでくれているので、ちょっとプレッシャーを与えてみました。笑)

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天気が良いので船に乗ります

天気が良いので船に乗ります
昨日から明日まで、東京ビッグサイトで情報セキュリティエキスポを開催中です。勤務先が出展しているのと、いくつか緊急で集めたい情報があったので、行ってきました。

ビッグサイトは、ゆりかもめ、りんかい線、バスが主要交通網です。しかし、一時間に一本という、少数運行ながら、水上バスもあります。

久しぶりに、とても天気が良いので、水上バスに乗って移動しています。

日の出桟橋まで15分、日の出桟橋から浅草まで40分、計1時間弱の船旅です。

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速読やロジカルシンキングの前に、生き延びるためのたくましさを身につけよう

この記事で書いた大型バイクにひかれた男性は、翌日に亡くなりました。亡くなった男性を助けようと道路に飛び出した男性は、逃走するバイクに鞄を巻き込まれ、左腕を複雑骨折し、今週の金曜日に手術を受けることになりました。

二人をひき逃げした犯人は、逃亡を続けていましたが、事故から丸3週間が経過した今週の日曜日に逮捕されました。賠償能力など全くない若者が犯人でした。

左腕を複雑骨折した男性は、日雇いの土木作業員です。手術から数ヶ月は仕事ができません。もちろん、失業保険などありません。

区役所の福祉担当や病院の担当者に聞いても、「交通事故は加害者がいるので福祉では担当できません」と言われ、どうしたらいいのかと呆然としていました。

そこで、交通事故の被害者救済の政府保証事業の概要を説明しました。

一昔前は、加害者に経済力がなかったり、ひき逃げにあった被害者は泣き寝入りしかありませんでした。今は、国の保証事業があります。しかし、この制度は2年間しか申告期間がありません。山谷には、ひき逃げや交通事故の被害にあったことが原因で家と仕事を無くし、路上や簡易宿泊所で生活をしている人がたくさんいます。数十年前のひき逃げ事故が原因で路上で生活をしている人は使えません。

とはいえ、この男性は、この制度を使うことができます。

病院や区役所のソーシャルワーカーがこの制度を知らないはずがありません。しかし、説明していませんでした。多くのソーシャルワーカーの労働環境は、生活に困窮している人に最低限度の情報提供をする時間的・精神的ゆとりもありません。これが、日本の福祉の現状です。私たちは、いざとなったときに、どこに行けばどういう情報を得られるのか、という程度の、最低限度の生き延びる知恵を、普段から身につけておかなければいけません。

今週号のSPAでは、まるで生活保護を受けることが簡単であるかのような多大な誤解を与える特集がされています。しかし、現実問題として、東京都台東区や荒川区に現住所がある若年者は、障害手帳を持っていてさえ生活保護を受けることができません。

また、生活保護を受けて遊んでいる、と記載されている人たちが、なぜ働かないのかについての記事は、あまりにも偏りがあり、少なくとも私が知っている多くの生活保護受給者の現実とは異なります。

おそらく、このブログを読んでいる大半の方は、生活が困窮した場合に公的支援を受ける方法を知らないと思います。生活保護という言葉は知っていても、若年者(笑っちゃうことにこの場合の若年者の定義は65歳未満です)が受給するためにはどういう団体と関わらなければ行けないのか、その結果としてどういう人生が待っているのかまでは知らないと思います(一般大衆紙が特集することはありませんから・・・。興味を持たれた方は、ネットでいろいろ探してみてください。)。

ひき逃げされて、働けなくなっても、あなたは屋根がある家に住み続けられる自信がありますか?

速読や、ロジカルシンキングの練習も大切ですけれど、生き延びるためのたくましさを育てることを忘れてしまっていないでしょうか?

論理的な思考力や、株の投資、お金の儲け方、こういう知恵や知識を増やすのも悪くはないと思います。しかし、こうした知識は、生きる力、生き延びる力があってこそ、発揮できるものだと思います。

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採用面接での「女性管理職はいますか」という質問、少し工夫してみませんか?

勤務先のウェブサイトが新しくなりました。マーケティング部門と関係各位の献身的な仕事の結果、とても良いものになりました(ちょっと自慢)。

他のコンサルティングファームと同様に人材採用のページが充実しており、採用面接の際に寄せられる、良くある質問への回答が載っています。

のんびりとウェブサイトを眺めていて気がついたのですが、女性の応募者から寄せられることが多い「女性の管理職はいますか」という質問への回答も掲載されています。私がいるわけなので、当然、回答は「います」です。

会社としては質問に対して誠実に回答しているのですが、これでは、応募者が本当に知りたいこと(女性でも積極的に活用してもらえるのか)への回答にはなっていないのではないか、と気になり始めました。

なぜかというと、こういう質問をする人というのは、管理職として応募してきているのではなく、スタッフ職として応募してきている人たちだからです。(管理職として応募してきている人たちは、自分が採用されれば女性でも管理職として採用されるということが分かるわけなので、こういう質問はしません。)

彼女たちが知りたいのは「女性でも、一生懸命に働けば、出世させてもらえるのか」という点なはずです。

さて、そうなると、私を引き合いに出して「管理職がいます」と答えても、彼女たちが知りたい答えではないはずです。私は、前職で既に管理職としての経験が長年あり、今の会社には管理職として入社しました。この会社で出世したわけではありません。今後、この会社で出世する可能性もないでしょう(出世するということは社長になるということなので)。つまり、この会社で頑張って功績をあげて、それを評価してもらって出世したわけではないのです。

コンサルティングファームに限らず、女性管理職の多くが、中途採用です。ですから「女性でも、一生懸命に働けば、出世させてもらえるのか」という質問に答えてもらうためには「女性の管理職はいますか」と聞くのではなく、「スタッフ職で入社して管理職になった人はいますか」と聞いた方が良いのではないでしょうか。

もしこう聞かれたら、残念ながら今の勤務先では答えは「NO」です。しかし、これは女性だからではありません。男性でも、一人もいないはずです。理由は極めて単純で、現在の勤務先は創業からまだ数年で、スタッフ職で入社した人が、管理職になるだけの年数が経っていないのです。

しかし「スタッフ職で入社して昇格した人はいますか」と聞かれれば、それはそれはたくさんいます。

女性みらい館の発表によると、女性管理職の有無が、育児休業制度や介護休業制度の充実度の極めて大きなファクターになっているそうです。また、文部科学省の教育白書によると、女性管理職がいる組織のほうが、社員教育制度が充実しているそうです。

ですので、女性管理職の有無を確認することは、実は男性にとっても極めて大切なファクターだと思います。

ただ、女性管理職の有無だけでは、女性を積極的に活用しているのか、それともたまたま極めて有能な女性が中途で入社して管理職をしているだけで内部では出世の可能性が低いのかの区別がつきません。

本当に知りたい回答をえるためには、いろいろと質問を工夫しないといけないですね。

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自己情報のコントロール権

日本の個人情報保護法では、営利目的以外で利用される個人情報に対する自己情報のコントロール権を認めていません。

自己情報のコントロール権というのは、自分の個人情報を他人が勝手に利用したり公開することをコントロールする権利が個人情報の所属主体にあるという考えです。

例えば、私自身はこのブログを仕事上の通称と幼少期からのあだ名(私をリアルで知る人間にとっては結婚や国籍変更で何回も氏名が変わる私の本名よりもあだ名の方が本名に近い意味があります)をプロフィール欄で公開しています。

(注:正確には、小さい頃のあだ名はLarge Amyの略としてのL&amyなので、友人からの手紙を見てみるとスペルがLammyではなくLamyで、発音もラミィではなくレイミィまたはレイジェミィでした。)

ですので、匿名でこのブログを公開しているわけではありません。ですから、私のこのブログのコメント欄で戸籍名や仕事上の通称で呼びかけられても、何も問題はないと思っています。

しかし、多くの人はネット上では匿名で情報発信・交換をしています。ですから、ハンドル名で書き込んでくださった方に対して、私がうっかりと本名で呼びかけてしまったりすると、これは個人情報のコントロール権に反した行為になります。

OECDを初めとするプライバシーのあり方を考える団体では、こうした「本人の意図に反した個人情報の公開」を望ましくないことだると見なします。

ところが、国内外問わず、うっかりとこれをやらかしてしまう人が後を絶ちません。また、中にはうっかりではなく「自分はインターネットの匿名性は担保されるべきではない」という個人的な信条から、ハンドル名で書き込んだ人の個人名を本人に無断で公開している人もいます。

個人情報保護法では禁止していない行為です。ですので、多少は個人情報やプライバシーについて学んだことがある人であっても、これが違法行為であったり、何らかのガイドラインに抵触する行為だとは全く思っていない(単に無知が原因でやってしまう)ことも少なくないようです。

しかし、実はこれは個人情報保護法ではなく「プロバイダー責任制限法」に照らし合わせて、変更依頼をすることが可能な行為です。(掲示板やブログの管理者に削除・変更要請をしても対応してもらえなかった場合はリンク先の流れに従って対応することになります。)

ブログやホームページ、掲示板は簡単に開設できてしまうため、自分自身がプロバイダやマスコミと同じ責任を課せられるということを意識せずに、無断で他人の個人情報を公開してしまう人が後を絶ちません。また、実は、この「公開するという」行為自体を禁止する法的根拠はありません。

プロバイダー責任制限法が要求するのは、個人情報を公開された本人からの削除や変更要請があった時に、掲示板やブログの管理者が本人の要請に従って削除・変更をすることです。

つまり、毎日他人の個人情報を公開しつづけるブログがあって、毎日本人から削除依頼が来ているとします。削除依頼に基づいて、一定の合理的期間内で情報を削除している限り、毎日無断で公開をしても、その行為自体は禁止しにくいわけです(そのため、2chのような巨大掲示板が法的には成り立つわけです。)

これが、この法律の運用の難しいところです。

企業のセキュリティ対策として、どうやって掲示板に書き込まれた記事を削除して回るかという支援をしていると「そもそも書き込み自体を禁止する法律があればいい」という発言を聞くこともあります。しかし、投稿すること自体を禁止してしまうと、これは基本的人権に反してしまいます。

ですので、プロバイダー責任制限法というのは、現行のシステム上の制限(個人認証を前提としないIPネットワーク網を基盤としたインターネット網)や基本的人権を鑑みると、極めて現実的な法律だと感じています。

情報を発信するということは、とても良い勉強になります。ですから、ブログや掲示板・ホームページを持つことは、とても良いことだと思います。

しかし、情報を発信するということは、同時にある一定の責任を伴うということを自覚しなければいけません。

情報発信の一環としてブログを持つように勧めている記事や、ブログを簡単に開設できることを売りにしているプロバイダ・キャリア勧誘を見かけることがよくあります。

しかし、単なる日記の延長としてではなく、社会インフラを使って情報を発信するということの意味と責任を自覚したうえで情報発信をするように薦めて欲しいと思います。

また、ブログや掲示板を開設する人たちは、自分自身が法律に守られて生活をしている以上、自らも遵法精神(コンプライアンス)を軽視せずに、積極的に情報を収集し、自分自身が誤った行動を取ってしまっていた場合には、進んで訂正して欲しいと思います。

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スパゲッティのような女の子の髪の毛?

前回の記事を読んで、おもしろそうだけど、英語で読む自信ないなあ、と思われた方、きっといますよね。

実は、子供向けの本が出ています。

Eats, Shoots & Leaves

The Girl's Like Spaghetti

という2冊です。見開き2ページで、イラストがたっぷり入って、句読点を間違えるとどういう風に意味が変わるかを説明してくれます。

イラストが補助してくれるので、英語で本を読んだことがない、という方でも比較的わかりやすいのではないでしょうか。

どちらも、日本のアマゾンで買うことができます。

こちらもお薦めです。

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食事をして、銃を撃ち、そして立ち去っていくパンダさん

日本語で書いてしまうと全くおもしろくないので、しばらく英語におつきあい下さい。

A panda walks into a cafe. He orders a sandwich, eats it, then draws a gun and fires two shots in the airs.

(訳:パンダがカフェにやってきました。彼はサンドウィッチを頼み、食べ終わると銃を引き抜き、空に向かって2回発射しました。)

'Why?' askes the confused waiter, as the panda makes towards the exit.

(訳:出口に向かって立去ろうとするパンダに向かってウェイターが困惑しながら「なんで?」と訊ねます。)

Panda tosses a dictionary over his sholder.

(訳:パンダは肩越しに、辞書を投げてよこしました。)

'I am a panda.Look up the dictionary.'

(訳:俺はパンダだ。辞書を引いてみろ!)

The waiter turns and finds the explanation.

(訳:ウェイターは辞書をめくり、パンダの説明文を見つけます。)

"Panda.Large black-and-white bear-like mammal, native to China. Eats, shoots and leaves."

(訳:パンダは大きな白黒のクマに似たほ乳類で中国が原産。Eats(食事)をして、shoots(射撃をして)とleaves(立ち去っていく)生き物である。)

これは、New york timesで売上げNo1に輝いたベストセラー「Eats, Shoots & Leaves」のカバーストーリーです。

パンダさん、辞書に余分な句読点が1つ入ってしまったために自分がどういう生き物なのかを誤解してしまったようです。

"Panda.Large black-and-white bear-like mammal, native to China. Eats shoots and leaves."

(訳:パンダは大きな白黒のクマに似たほ乳類で中国が原産。shoots(若竹)とleaves(葉)を食べる生き物である。)

これが、本当の説明文ですよね。(ただ、パンダは中国ではなくてチベットが原産だったと思いますが・・・)

日本語でも、句読点を間違えると全く違う意味になります。

「彼は、私と母に花を贈った。」

「彼は私と、母に花を贈った。」

議事録や規程文書でこういうミスをすると、全く違う意味になってしまい、読み手を誤った行動に誘導することになります。そのため、私は、日々、チームメンバーの日本語力向上のために四苦八苦しています。

作者の誤った文法に対する苛立ちに共感できるためか、イギリス人特有の表現がちりばめられていて、少々読みにくいところもあったというのに、一気に読んでしまいました。

句読点の打ち方だけで1冊、しかも笑える本を出せるというのは、すごいですよね。

著者のLynne Truss はこう主張します。

Without it, there is no reliable way of communicating meaning!

(訳:正しい句読法なしには、信頼できる意味の伝達法などありえない。)

本当にそのとおり!

似たような言葉でも全く意味が異なっていたり、句読点の位置が間違えていて主旨が変わってしまったり、あまりに曖昧すぎて意味が分からない文章だったり、、、

こういう悪文に付き合わされて、日々うんざりしている方、翻訳版(「パンクなパンダのパンクチュエーション」)も出ていますので、ぜひ読んでスカッとして下さい!(ただ、この内容を翻訳して読んで、同じようにおもしろいのかどうかは、分からないのですが・・・・)

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ケーブルネットと光が同時ダウン

自宅の光通信網と、ケーブルネット通信の両方がダウンしています。

残念なことに、会社のパソコンはモデムカード経由で通信できるので仕事をさぼる言い訳にはなりません。

ほぼポッドキャスト受信専用マシンと化しているデスクトップ端末だけが、ネットワークにつながりません。

毎日通勤中に聞くことを楽しみにしている配信番組があるのですが、今日はダウンロードできそうにありません。

残念。

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Park cats need your help

今日のジャパンタイムズは、捨て猫や里親探しの記事が2つも載っています。

里親探しや保護団体に取って、ゴールデンウィークあけは、まさに忙しさのピークがくる時期。(ネコの出産は3月から4月にかけてが多いので。)

ジャパンタイムズは定期的にネコの保護の記事を載せてくれます。

日本の新聞はどうなんでしょう?

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