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2008年1月

マック判決 「店長は管理職」を認めなかった

マクドナルドの店長を管理職とみなし残業代を支払わなかったことは違法であるとの判決が出ました。

この4年間、ITリスクの仕事が中心で、労務リスクの対応コンサルティングから離れています。ですので、現場感覚がかなり薄らいではいるのですが、それでもこの判決の大きさは、しみじみと実感できます。

経済界の一方的な主張ではなく、じっくりとコツコツと世論を形成しつづけてきた労務管理者達の感覚が裁判所に届いたことを、心からうれしく思います。

新聞記事をオンラインで読むことができますので、詳しくはこちら(読売)やこちら(毎日)をご覧ください。

労働基準法の基本理念に照らしあわせれば、当たり前の判決です。

  • 労働時間を厳密に管理されている(接客を行っており自分の裁量で労働時間を決めることができない)
  • 長時間残業を強要されている(どれだけの工夫をしても8時間で終わらない)
  • 経営陣の決定に参画していない

チェーン店の店長が労働基準法上の管理職なはずがありません。

もちろん、プロジェクトへのチャージが週40時間を超える、人事関連の権限を有さないコンサルティングファームの管理職達も法規上の管理職ではありません。(これは実際に、さまざまな示談が起きているので、業界では周知の事実でしょうが・・・・・)

それなりの大きさがある組織の人事・法務部門であれば、労働基準法の基本的なコンセプトは十分に理解してたはずです。しかし、多くの組織は、会社側の主張がとおると信じてきたわけです。

世の中に対するインパクトなどを考えると、店長が管理職ではないという判決がでる確率が低いと考えたのでしょうか?

自社の社員が訴訟を起こすリスクは低いと考がえたのでしょうか?

今までの各種政治活動に費やした経済団体の寄付金額を考えると、使用者(会社側)に不利な判決は下りにくいと考えたのでしょうか?

リスクマネジメントプロジェクトを支援していると、多くの組織で「法律っていうのは基本理念ではなくて、どう運用されているのかを見て、今の時点で問題がなければ基本理念など考えなくて良いじゃないか」という反論を受けます。

特に、日本の労働基準法は運用と基本理念が著しく乖離していて、法の基本精神は完全に無視をした社内制度が世の中に溢れています。

今回の判決で、こういう風潮に大きな歯止めがかかることを期待しています。

マクドナルドは控訴する方針とのことなので、どういう戦略を考えているのか、とても興味があります。

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What is your dream?

昨日に引き続き、英会話のレッスンを取りました。

本日のトピックは、"Dream"でした。

What is your dream career?

(どんなキャリアを歩みたいの?)

Uh, I have no career plan. Do you have some?

(う~ん、キャリアプランは持ってないんだよね。何か持ってるの?)

I came here to know my further routes. Till, I do not know anyting about half of me. Getting to know about Japan, having my picture cleared. I am going to get a job as a matchmaker of Japan and Honkkon.

(自分のルーツをもっと知りたくて日本に来たんだよね。今まで、自分の半分である日本について何も知らなかった。日本について知るにつれて、将来像がはっきりしつつあるよ。日本と香港の架け橋になるような仕事につこうと思ってるんだ。注:彼女は香港と日本のハーフで3歳でアメリカに移住している。)

Oh, not some concrete business plan but the vision or picture of my future I have. I wrote down my dream on my school jornal. And still it has not been changed.

(ああ、具体的なビジネスプランというのではなくて、将来に対するビジョンやイメージだったら持ってるよ。学生時代に書いた夢があって、未だに変わってないんだ。)

この後、授業では、将来時制の練習に入ったので、きわめて文法的な会話が続きました。私の時制感覚はめちゃくちゃだということが判明して、ちょっと落ち込み気味です。文法書を読み直さないと・・

と思ったのですが、帰宅してからゴソゴソと、「学生時代に書いた夢」を探してしまいました。マーチンルーサーキング牧師を尊敬して、彼の"I have a dream today."をまねして作ったので、とても稚拙で韻を踏んでいない詩とは呼べないモノです(苦笑)

I have a dream.

The world, all the people believe in giving is superior to being given.

And the world, people take action with the belief.

Like parents love thier childrem.

Like new born couple become prayers not for their own dream but for lover.

I have a dream.

The world, even if it has not come, but people can believe that someday it comes.

学生時代にジャーナルに書いたのはここまでです。でも、実はこの文章には続きがあって、続きの部分は日々持ち歩いている手帳に挟んであります。

私には夢があります。

全ての人が、受けるよりも与える方が幸せだと信じ、行動する社会。

親が子供を愛するように、

生まれたてのカップルがただ相手のためだけに祈り続けるように。

私には夢があります。

たとえ今がそうでなくとも、いつか必ずそういう日が来ると、

人々が信じることができる社会。

世界には、手が届かないかもしれない。

国にも、手が届かないかもしれない。

地域にも、手を伸ばすことすらできないかもしれない。

でも、今、目の前にいる、家族にはどうだろう。

同僚にはどうだろう。

小さい変化かもしれない。

でも、その小さな変化は、

いつか大きな波になる、

そう、信じることができたなら、

それは私にとっては大きな変化ではないのだろうか。

だから、私は、

全ての人が、受けるよりも与える方が幸せだと信じ、行動する、

そういう組織を作りたいのです。

授業の最後に、こう聞かれました。

What should you do for your dream?

(その夢のためには何をすべきなの?)

それが、問題なんだよなあ、と思いながら帰ってきました。

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What is happiness?

What is happiness and what is unhappiness?

実に哲学的な問いですね。

とはいえ、実際にこの会話があったのは、哲学的な雰囲気とはかけ離れた、NOVAの英会話ブースの中でした。

NOVAの倒産にともない、対面でのドイツ語の授業が提供されなくなりました。テレビ電話を介してであればドイツ語の授業を継続することも可能なのですが、あまり好きになれなかったので、急激に落ちつつある英語力を維持するために、言語を英語に切り替えて受講することにしました。(ちなみに、レベルチェックテストの結果は、レベル1ではなくレベル2でした。)

語学の授業って、おもしろいですよね。予めテキストが与えられていて、課題が決まっているので、とても具体的な話題(コーヒーメーカーの修理の方法など)から、本日の話題のような「幸せってなんだろう?」というような哲学的な話題まで、普通に生活していたら、考えないようなことを話すことになります。

What is happiness?

(幸せって何だろうね?)

この質問に対して、私は

I have no idea.But I believe I spend happy life now. So, I can figure out what is happiness for me based on my current life.

(分からないなあ。でも、今の生活はすごく幸せだよ。だから、今どんな生活を過ごしているかを見てみれば、何が私にとって幸せなのかは分かるんじゃないかなあ)

と答えました。すると、

What is unhappiness to you?

(不幸せってなんだろうね?)

と、質問を変えてきました。そこで、考え込んでしまいました。

I used to be very poor but I had to take care of my family. Those days, I manged to spear most of my salary for my mother's and Father's medical expnses. But I was not unhappy. Money was and is not essential for my life.

(昔、すごく貧乏だったの。それなのに、家族を養わなければいけなかった。しかも、当時は収入の大半を両親の医療費に使ってた。だけど、不幸せではなかった。お金は、昔も、今も私にはそんなに重要ではないみたい。)

その時、突然、どこからともなくローリンヒルの歌が頭の中に響きました。ローリンは歌います。

主よ、どうか彼らを許して下さい。彼らは、何をしているのか知っているのです。それでも止められないのです。主は言われます、何をしているのか知らないのだから、罪というモノをしらないのだから許そう、と。しかし、彼らは知っているのです。それでも、止められないのです。

あ、私にとっての不幸って、まさにローリンの歌の通りだな、と思いました。(Lauryn Hill - Forgive Them Fatherの歌詞を、直訳ではなくて聖書知識をふまえて意訳しています。)

I distinguishably understand what is happiness to me. It is the condition that I know what I do. And unhappiness comes from which I do not know what I do.

今、何が私にとっての幸せなのか、ハッキリ分かった。自分が何をしているのかが分かっている状態、それが私にとっての幸せ。そして、不幸せというのは、自分が何をしているのかが分からない状態の時。

例えば、会社生活を例にすれば、

「どういう組織を作ろうとしているのか、何を強みとしようといているのか、何を存在価値と信じているのか、強い確信があり、その確信に基づいて組織を率いている状態。そして、そのために必要な能力を習得しようと自分を駆り立てている状態。」

これが、私にとっての仕事における幸せの定義です。

そして、その反対が、私にとっての不幸です。ですから、組織の中で冷遇されようと、給料が著しく下がろうと、それは私にとっては不幸にはなり得ません。

今の給与の例え10分の1になろうと、ハッピーに暮らしていける自信があります。でも、今の給与のままだとしても、自分が何をしているのかが分からない状況だと、おそらく私は少しずつ不幸になっていくのだと思います。

これからも、一生、ハッピーでいたいです。

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女性だからでもなければ、クリスチャンだからでもない

本日、神保町をぶらぶらと歩いていたら、ちょっと「う~ん」というPOPが目に入りました。

ビジネス書界で初の偉業達成!ベストテンに1ヶ月間連続して3冊入りの女性作家!

私は結構しつこい性格なので、帰宅してから、その書店で1ヶ月間連続してベストテンに3冊の書籍が入った著者が他にいなかったのかを探しました。

すると、小説やエッセーではいましたが、ビジネス書の分野では、男性でもいないことが分かりました。

「女性」という文字、不要ですよね??

残業の総量規制や長時間労働を続けた社員に対する長期休暇制度の設立といったアイディアを出すと「女だから、仕事だけやってればいいわけじゃない、とか言うんだよ」と言われることがよくありました。

私が男だったら、病気になった両親を見捨てたのでしょうか?私が男だったら、零下の気温でコンクリートの上で裸足で歩く人たちが目に入らなかったのでしょうか?男性は子育てをしたいなどとは、思わないというのでしょうか?

昨日も、台東区にある玉姫公園でしばらく過ごしました。男女関係なく、さまざまな人が給食活動や、医療支援に集まってきました。誰もが、忙しい仕事と家庭を調節しながら、自分ができることは何だろう、と必死に考え行動していました。

ベンチャー会社で、一生懸命にワークライフバランスを取ることが可能な強い組織を作ろうと奮闘している男性もいます。(ブログがあるので、ご覧ください。)

私が女性だからライフワークバランスを重視するのではありません。多様性を認めることができる社会こそが、セーフティネットが働く、誰もが幸せな社会だと信じているから、ライフワークバランスを重視するのです。

冒頭に書いたベストセラー作家だって、女性だから本が売れたわけじゃないと思いますよ。内容が良く、出版社も著者も営業に熱心で、口コミが広がる仕組みをしっかりと作り上げることもできたからこその偉業だと思います。

女性であること、クリスチャンであることは、私の意志決定、感情に大きな影響を与えています。しかし、「あいつは女だから」「あいつはクリスチャンだから」という見られ方を助長してしまったかな、と感じました。ですので、ブログのタイトルから、「女性」と「クリスチャン」という私に対する2大タイトルを外してみました。

ブログの内容や方向性が変わるわけではありません。今まで通り、みなさまからのコメントも大歓迎です!

これからも、ご意見・ご愛読よろしくお願いいたします。

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クロに会えました

クロに会えました
クロに会えました!

嬉しい(涙)

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わたしに影響を与えた書籍 in 2007

先週、グループミーティングにて、昨年読んだ本の中でお勧め10冊を紹介しあいました。

私が昨年読んだ書籍はおそらく1000冊を優に超えると思います。ISBN分類で片寄らないようにさまざまなカテゴリーの書籍を読むことにしているので、興味がある本もない本も読みます。

多くの本が私に「新しい技術」や「新しい知識」を教えてくれまいた。しかし、私という人間の本質に影響を与えた本はきわめて少数でした。

ミーティングの際に紹介した10冊は「私」という人間に影響を与えた本です。「私」という人間性に影響を与えることで、働くことの意味や、家族との関係、地域での活動の仕方に変化をもたらした書籍です。

中でも、トップ3の三冊からはとても大きな影響を受けました。

第3位:統率者の哲学

組織・社会の統率者が備えるべき哲学を21紹介する啓発書です。その中でも、もっとも胸に手を置いて反省させられたのが「リーダーの究極の成功とは、次世代のリーダーを育て、自分が居なくなった後もその働きの良い遺産が引き継がれていくこと」という言葉でした。

アメリカでは大ベストセラーになっており、翻訳もそんなに悪くありません。日本であまり売れなかったのは出版社が小さかったからでしょうか??

第2位:サーバントリーダーシップ入門

あまりにもたくさんの言葉に線を引きながら読んでしまい、どの言葉を紹介すれば良いのか悩みますが、とりあえず2つだけご紹介します。

「リーダーは、何よりも自分の中にミッション、ビジョンを持ち、メンバーに伝える努力をしなければいけない。ミッションを持たないサーバントリーダーは、ただのサーバント(召使い)にすぎない。」
「リーダーは積極的に「上司を見ないでお客さまの方を向こう」というメッセージを発信しつづけなければいけない。リーダー自らが逆ピラミッドの底辺に立ちお客さまをを見るという姿勢を示すことで、徹底した逆ピラミッド型組織を作り上げる。」

第1位:福祉の町 ベーテル

「施しよりも仕事を」というビジョンに基づき、障害者やホームレスの就労の場(ベーテル)を作り上げたフリートヒ・フォン・ボーデルシュヴィングというドイツ人父子の伝記です。(父子は同姓同名)

父は「遙かに先を見通して計画を立てる人であり、すばらしい組織作りの名人であり、資金を集める天才的な才能があって、時代を超えた凄腕の物乞う名人」といわれ、子は、「ヒトラーの優生保護政策に反対し障害者を守り抜き、現在のヨーロッパ福祉政策の根幹を作り上げた」人です。

日本ではほぼ無名の二人ですが、美智子妃殿下が「どうしてもベーテルを見学したい」と直接訪問されたことがあるそうです。

私は、日本の社会福祉法人浦河べてるの家の活動をとおしてこの書籍に出会いました。

働くということの意味や意義を深く考えさせられる1冊でした。

ミーティングの際に「メインメッセージはたった1つです。私が伝えたいことは何だろうと考えながら聞いて下さい」と伝えました。

「仕事の技術や知識を獲得するためだけではなく、自分という人間の本質に影響を与えることができる書籍にも接してください」

このことを伝えたいと考えていました。

仕事でも家庭でも忙しさのあまり、応急措置的にスキルを向上させる書籍にばかり手がのびがちかもしれません。しかし、世の中にはビジネス書以外にもたくさんの良書があります。

自分という人間を立てあげるための良書に触れ続けていきたいと思います。

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コンサル業界で空恐ろしい事態が発生しています

このブログでも何回も書いてきましたが、ここ数年間、コンサルティングファームの面接に「あまり本を読みません」「勉強習慣がありません」という人が応募してくるようになりました。

ここ数年、コンサルティングファームがコモディティ化し、知的生産を行うためのプロフェッショナルの集団ではなくなりつつある、と感じてきました。

コンサルティングファームでありながら地頭の良さは考慮せず、今までに身につけた技術や知識に重きおいて採用しているファームまでもが存在しているようです。

この記事でも「コンサルティングファームの採用のハードルが下がっている、今が入社のチャンスだ」と呼びかけています。

「採用のハードルが下がっているのは間違いない」「正直なところ、総合系などには以前だったら採用されなかったであろう人が入るようになりました。『キャリアチェンジ組』も多いですよ。若手営業マン、オープン系エンジニアなどが、総合系のコンサルティング会社からあっさり内定をもらうケースも増えています」

おそらく、これが事実なのだと思います。

ただ、もうこうなってしまうと、私がコンサルティングファームにこだわる理由は皆無です。

コンサルティングファームに長年勤務してきたのは、切磋琢磨しあえる地頭が良い人たちと一緒に仕事をする楽しさと、多様な価値観に柔軟に対応することができる人たちが作る組織に将来性を感じてきたからです。(というか、キャリア志向が皆無なので、こういう人たちがいるので、積極的に転職しようとか辞めようと思わなかった、という方が正解かもしれませんが・・・・)

高給にも、社会的ステータスにも興味がない私にとって「正直なところ、総合系などには以前だったら採用されなかったであろう人が入るようになりました。」と言われてしまうコンサルティング業界には、何の魅力も感じません。

それどころか私の元来の「非拡大志向で、安定的に高品質のサービス・製品作りができる仕組み作りを重視する」という性格を考えれば、「拡大路線のために品質追求(人材採用と育成)をおろそかにし始めたコンサルティング業界」は、積極的に忌み嫌う対象でしかありません。

元同僚達との情報交換でも、特定少数の戦略系・人材系ファーム以外からは、

  • 経営陣からの売上げプレッシャーが強く、伝統的なコンサルティングトレーニングを行う余裕がなくなった(伝統的トレーニングを徹底すると初年度はチャージでプロジェクトはいるのが労働時間の50%前後にしかなりません)
  • 伝統的なトレーニングをしようにも、従来身につけてきた行動パタン・思考パタンをゼロクリアできるだけの頭の柔らかさが無い人が大量に入社してしまい、トレーニングが成立しなくなった

という悲鳴に近い愚痴しか聞こえてきません。

こうなると「徹底してコンサルティングスキルをトレーニングする」という、昔ながらのスタイルを続ける人間は既に業界ではマイノリティなのかもしれません。

ファームとしてもトレーニングしない。コンサルタント達本人も勉強習慣がない。

これのどこが、プロフェッショナルサービスファームなのですか?

老兵は去るのみ、という言葉が頭をよぎります。(まだギリギリ30代なのに・・・・)。

本来コンサルティングファームというのは、事業会社では不可能なほど人材育成に時間をお金を投入し、短期集中で人材育成をすることで、高品質のサービスを提供するというビジネスモデルです。当然、そこに集うコンサルタント達も、肉体的・精神的にギリギリなまでに徹底して自分のビジネススキルを高めることで、事業会社では得ることができない高給を得るわけです。

クライアント企業は、この仕組みを理解しているからこそ、自社で人材育成をするコストとコンサルティングファームに支払う料金を天秤にかけて、コンサルタントを利用する、という選択をしてきたわけです。

しかし、このモデルは既に過去の遺物です。確かに、今はいくらでもコンサルティングビジネスを受注できる好況期です。しかし、この好況に浮かれて、短期的に人を増やすことで、本来のビジネスモデルから外れてはいないでしょうか?

コンサルティング業界は、市場の要望に応えるために、近視眼的になりすぎてはいないでしょうか?

これからも、高い論理力とコミュニケーション力、問題解決力は求人市場における価値を高めるでしょう。

しかし、コンサルタント経験があるからといって、こうしたコンサルティングスキルを有していない元・現役コンサルタントが続々と登場することは間違いありません。

その時、コンサルティング業界は、批判にどう対応するのでしょうか。

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私の才能は割と片寄っているらしいです

昨年、友人に「さあ、才能に目覚めよう」という書籍をもらいました。

この本のメインメッセージは、人はそれぞれ異なる才能を持っていて、この才能に技術と知識を合わせることで「強み」とすることができる、ということです。どれほど技術や知識を増やしても、才能がなければ平均的にはなれても、強みといえるほど卓越することはできない、という理論を200万人のマネジャー職へのインタビューから実証的に展開しています。

繰り返します「どれほど技術や知識を増やしても、才能がなければ強みといえるほど卓越することはできない」ということを「実証的に」紹介している本です。

努力をすればなんとかなる、頑張ればできるようになるよ、という「万人皆共通」という考え方は幻想であって、人はそれぞれ強みと弱みがあり、弱みを強化するよりも、強みを生かす方が、はるかに効率的かつ幸せに生きることができる、という主張です。

この本を購入すると、自分の強みを発見するためのテストをインターネットで受講することができます。

私のテスト結果を添付します。

「Stringth.pdf」をダウンロード

このテストを受けて「当たり前だと思っていたことが当たり前ではない」ということに気がつきました。

人は一人一人違っている。だけど、それでも理解しあうことができる。

という私の考え方は「個別化」と「運命思考」に基づいていることが明らかです。

引き受けた以上は最後までやり遂げる。言ったことは絶対に守る。

という頑固さは「責任感」に基づいているのでしょう。

やったことがない情報システムの監査であっても苦労せずにリスクを想像してテスト方法を思いつくことができる。未経験のプロジェクトも、しばらく考えているとWBSが浮かんでくる。

というのは「着想力」に基づくのでしょうね。

ダブルバインドにならない正確な文章を作成する。

という能力は「コミュニケーション」に基づくのでしょう。

さて、この書籍にて、強みは34種類に分類されており、34種類の強みは4つの資質群に分類されています。

「関係資質群」
コミュニケーション 共感性 親密性 包含 個別化 責任感 調和性

「影響資質群」
指令性 ポジティブ 最上志向 成長促進 競争性 社交性

「動機資質群」
達成欲 活発性 適応性 信念 規律性 目標志向 回復志向 自己確信 自我

「思考資質群」
分析思考 アレンジ 運命志向 原点思考 慎重さ 公平性 未来志向 着想 
収集心 内省 学習欲 戦略性

私の5つの強みは、「関係資質群」と「思考資質群」にだけ分類されています。上位2つはどちらも「関係資質群」です。相当に偏っています。

人に対して影響を与えたいとか、人から良く見られたい、競争に勝ちたいという「影響資質群」と、自分で定めた目標に向かって自身をもって何かを達成したいという「動機資質群」には強みがありません。

「影響資質群」を強みとする人たちは、人に対して影響を与えようとしない私をなんとか変えようと思うのかもしれません。売上げ目標や人員目標を掲げても全く熱くならない私をみてイライラしている人がいるということは、よく理解しています。そして、実際そのことでは、コミュニケーションギャップが生じがちです。

う~ん、なるほど。

私は、自分が強いところだけで勝負してきてたんですね。

今まで、これといった苦労なく仕事をしてこられたのは「たまたま(?)才能を生かすことができる分野にいた」ことと「上司が私の弱みを強化しようとせず、私の才能を生かすアサイメントをしてきた」からなんですね。

働き始めて、それなりの成果を上げられるようになるまでの一定期間、このようにして「強みを生かす」ということにだけフォーカスをしたアサインメントをしてもらっていたからこそ、今の私があるのではないかと思います。

自分の才能がどこにあるのかを理解して、それを生かしてくれる上司や同僚・クライアントと働くことが、幸せな仕事の仕方なのではないかと感じました。

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会社は社長の器よりも大きくはなれない

  • 会社は社長の器よりも大きくはなれない。

  • 資本を持っている人と技術や知識を持っている人が対応に互いを尊敬しながら一緒に働くことに意味がある。

  • 資本を持っている人が、自分にとって都合が良い技術や考え方だけを場当たり的に採用するだけで、技術や知識を持っている人をパートナーと見なすことができない組織では、異能集団として成功することはできない。

  • 社長は、自分が分かる仕事を増やしてはいけない。

海外のコンサルティングファームで社長をしていた方の発言です。技術も言葉も通じないファームで社長を務めるにあたり、自分で自分に課してきた戒めだったのだろうなあ、と思いながら聞いていました。

どれも、とても心に響きました。

例え本人に知識や技術がなくとも、資本がなくとも、パートナーと見なすことができる人と組むのであれば、互いを補完しあうことは可能だと思います。

トップクラスのベンチャーキャピタルでは、こうした専門集団を理解しパートナーとして取り扱うための訓練を社員に実施します。(そのため、買収候補企業のデューデリジェンスの際に統制環境の監査を合わせて実施し、どのようにして融合・理解促進を進めるかを検討するとうフェーズを持つキャピタルファンドもあります。)

しかし、大企業が異業種に自力で進出して来た場合など、こうした専門集団が介入していない場合、技術者と資本家が互いを理解しようという意欲も見られないこともあります。

こうした場合、中期的には必ず、社風が悪化し有能な社員が退職したり、利益率が低下するという事態を招きます。長期的に安定経営を目指すことは不可能です。

ですから、一般的には「儲かっているうちに同業他社に売却する」ことで、株主としては売却益を得られますし、社員としては異なる価値観に振り回されるという本業とは異なる精神的なストレスを軽減することが可能です。ですから、EXITプランとして「売却」をすることは、資本家・社員双方にとって最良の選択となりえます。

私は、個人的には、トップマネジメントが同質性の罠にはまり、異なる価値観を受け入れる器がないのであれば、売却が最も望ましい選択肢だと考えています。しかし、最良の選択は、あくまでも「上述の3つの発言のような価値観を持ち、自分が持っていないもの(資本・技術・知識)を持っている相手に対する尊敬を持つ人がトップマネジメントに就任し、自分が持つ価値観を組織で浸透させていくこと」だと思います。

自分とは異なるものを持っている人を対等なパートナーと見なし、尊敬し、相手の価値観と自分の価値観は「違っているけれどもどちらも重要視すべき」であるというスタンスを維持することができる人にこそ、異能集団を率いるトップに就任して欲しいと思います。

トップが、自分とは異なる価値観や技術・知識を大切にすることができれば、トップと自分の意見が異なっていても、直言しようと考える上級管理職が必ず出てきます。ですから、社長本人に技術や知識がなくとも、判断ミスを防ぐグループダイナミクスが働きます。

人事出身の社長が人事部門を拡張しようとしたり、営業出身の社長が営業部門を強化したり、経理出身の社長が経理や会計が分かる社員を増員する。

とても一般的な光景です。

しかし、この増員・強化の背景に「自分が分かる業務を増やしたい」というトップの意向があるとしたら、どうでしょう?

会社は、社長の器よりも大きくはなれません。

自分の専門分野を増強しようとする時は、胸に手を当てて「同質性の罠」にはまっていないか、考える習慣を身につけないといけないなあ、と気づかされました。

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有楽町駅前の黒が行方不明になりました

有楽町駅前の黒が行方不明になりました

有楽町駅前の黒が行方不明になりました

有楽町駅前の交通会館周辺にいる黒ちゃんが、1月2日の早朝から行方不明になりました。

1月1日19時半までは、元気な姿を確認しています。

黒ちゃんの首輪には、私の携帯電話の番号が書いてあるので、何か事故などで公的機関が対応した場合、私に連絡が入るはずです。しかし、現時点では連絡がありません。また、念のため、警察と保健所に確認しましたが、事故や捕獲などはなかったようです。

そうなると、遊んでいたり、暖を取るために車の底に入ってしまったり、人間の悪戯や他の猫に追いかけられて、一人では戻って来られないところまで移動してしまった可能性が高いと思います。

猫が移動できる道を考えると、有楽町駅前を中心に、新橋、銀座、東銀座、日比谷、丸の内エリアにいる可能性が高いです。

このエリアで、ショッキングピンクの首輪をした真っ黒なネコを見かけたら、是非、情報を寄せてください。

よろしくお願いします。

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