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2007年12月

グレーな広告

「家族にうつしたくないから早めに」という「総合感冒薬」の広告

「そうやって聞くからいやなんだ」「聞くからいやなんだね」という特定保険飲料の広告

どちらも違法ではありません。

しかし、見るたびに不快になります。

総合感冒薬が家族にうつるようなウイルス性の感冒に効くはずがありません。

「聞くから」は明らかに耳から入る印象を「効くから」に操作しようとしています。(特定保険飲料では「効く」という言葉を宣伝に使えないため、「聞く」という同音異義語を使用していると思われます。)

どちらの広告も、言葉を利用した印象操作です。日本の法律では、印象操作広告は違法ではありません。しかし、違法でなければやって良いのでしょうか?

スキル不足の監査人が書く報告書は、悪意からではなく日本語の能力不足から、こうした印象操作文章やダブルバインド(二重に意味が取れる)文章となることがあります。

スキル不足が原因であろうと、広告やマインドコントロールのように悪意が原因であろうと、操作される側にとっては変わりがありません。

そのため、いかにしてダブルバインドにならない文章を書けるように指導するか、が私の最大の職責の1つです。

学部生時代に、心理学の教授に文章認知プロセスの研究を手伝わされたことが、社会人になって、とても役に立っています。

しかし、近頃の広告やマインドコントロールまがいの心理操作スキルを紹介する書籍の流行を見ると、心理操作に利用することが可能な理論を広く世に発表することにためらいを感じてしまいます(博士論文が進まない言い訳じゃないですよ。認知心理学で博士論文を書くののではなく、心理学は心理学でも別アプローチによる研究に移るべきではないかと模索中なんです)。

根拠がないことに読み手や聞き手を誘導する、そんなことのために学者たちは認知プロセスを解明したわけではありません。学問をどう利用するかは使い手のスキルや倫理観に依存します。しかし、こと印象操作という分野な限って言えば、マインドコントロールを解いたり、トラウマから解放するという本来の目的ではなく、カルト団体や広告といった、いかにして人を騙すか、という立場の人たちにだけ活用されていると感じてしまいます。

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人生の主権を、私の手からあなたにゆだねます

「私の人生は私だけのもの」

「自分は自分の力だけで何でもできる」

そう言って、努力に努力を重ね、そして、努力に見合うだけの成果も挙げてきた60台の女性が、昨日の主日礼拝で、イエス・キリストの前に膝まづき、人生の主権を、自分の手から、神様にゆだねました。

その女性とは、私の実母です。

今週の主日礼拝にて、母が洗礼を受けたのです。

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「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。(ACT16:31)」

そうは言ってもね、と思い続けて数十年。長かったというべきなのか、短かったというべきなのか。

今までにあまりにもいろいろな確執がありすぎて、母が教会に通いはじめるまで実は私は一度も母の救いのために祈ったことがありません。(←本当ですよ)

こんなダメダメな、人を赦すことができない私の家族ですら救われたんだ、ということは多くのノンクリスチャンホームのクリスチャンにとっては、ちょっとした希望なのではないでしょうか。

私が祈っていない分、私以外の多くの兄弟姉妹の祈りが積まれたことと思います。

あと30分程度でクリスマス当日になります。(クリスマスは、24日の日没から25日の日没までです)

家族(&友人家族)と、燭火礼拝(キャンドルサービス)に行ってきます。

母にとっては、初めての聖餐式です。母と一緒に聖餐に与るなんて、なんだか不思議な感じがします。

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日本語の文法といえば

前日、風邪を引いたスタッフが携帯のメールに「今日、休ませてください」という主旨のメールをくれました。

そのメールのタイトルが「欠勤のお願い」でした。

今は日本資本の企業に勤めているので「欠勤承認のお願い」の間違えだろうなと推測がつきますが、前職だったら「あたゃあ、とうとう私もクビかぁ」と思ったでしょうね。

メールを送った本人は、単に日本語力が足りないだけで、嫌みなつもりはないと思いますが、もしこのメールを外資系のエグゼクティブに送っていたら、単なる日本語力不足では済まなかったでしょうね。

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週平均40時間労働

この3ヶ月ほど、週平均55時間労働のメンバーが数人います。上期に、週33-35時間労働だったメンバーが大半なので、平均すると各人の労働時間はまだ週42時間労働くらいです。しかし、来期も引き続き同じ働き方をしたら、年間で週平均40時間労働を維持することは無理でしょうね。

労働時間が長くなった最大の理由は、監査報告書を記述するレベルの日本語力とITに関する基本的な知識が不足していたため、作業の手戻りが発生したことだと認識しています。

上述のとおり、上期は閑散期でした。ですから、上期に本気で勉強をしていたら、繁忙期の下期に勉強をしながら業務に取り組む必要は無かったメンバーもいたと思います。

本来であれば、年間平均してずっと週40時間労働というボリュームラインを維持できれば最高だと思います。しかし、目の前にプロジェクトが迫ってこないと、なかなか勉強するものでもないので、致し方ないのかな、と思います。上期には比較的のんびりしてもらっていたたので、下期に勉強してもらいながら仕事をしてもらうことにしました。(本当は、繁忙期に勉強をしなければいけないということは、平日の夜は仕事、週末は勉強になるわけなので、よほど気持ちの切り替えが上手でないとストレスコントロールが困難なので、あんまり望ましくはないですよね・・・・・)

多くの企業の場合、明らかに下期が忙しくなるということが分かっていても、閑散期の上期にも週40時間はオフィスに拘束します。そういう労務管理方法では、週40時間労働で黒字会社を作ることは極めて難しいですよね。

帰れる時には帰りましょう。休める時は休みましょう。

こんな当たり前のことが当たり前ではない企業がたくさんある、ということにたいして「そんなの変だよ!」と声を上げる人がもっと増えるといいなあ、と思います。

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福岡 動物たちの家(つづき)

福岡 天神の渡辺通りに面したコア(デパートです)の前で、福岡 動物たちの家が募金集めと里親探しをしています。

この募金活動の掛け声が、私にとっては衝撃的でした。

関東では「かわいそうな動物達のためにご協力ください」などと、言い方は悪いですが、少々暗い声で散発的に呼びかけるのが一般的です。

ところが、福岡の保護団体のかたがたは、ダイレクトに「お金をください」「里親になってください」「お願いです、立ち止まってください」と通行人一人一人に声をかけるのです。一人一人の顔を見て、話しかけるのです。

地域柄なのか、保護団体のかたがたのスタンスなのかは分かりませんが、そのあまりの体当たりで体面を取り繕わない、必死の姿に、私は立ち止まらずにはいられませんでした。

日常生活の中で、ここまでなりふり構わずに必死な人を見ることはあまりないと思いました。

そこまで一生懸命に仕事をしたり、奉仕をしたり、祈ったりしているだろうか、と自分自身を振り返らせてもらう、とても良い機会をいただきました。

私は、稼いだお金を自分のためだけに全て使うのではなく、私が使うよりも有効で壮大なことができる人に私のお金を使ってもらいたいと思っています。どれほど稼いだとしても、一般的なコンサルティングファームの給与の上限は、せいぜい数千万円です。数千万円あったって、動物の家を作って維持することはできません。しかし、年収300万円だとしても、その中からいくらかを、こうした団体に寄付すれば、年収数千万円の人ができることよりも大きなことができます。

私の1万円でできることは、せいぜい我が家のお猫様たちに数月分のご飯を買うくらいです。しかし、この福岡の団体だったら、何匹もの犬や猫の命を救い、病気を治療してあげることができます。私自身が1万円を使って動物達のためにできることよりも、彼らが1万円でできることのほうが、間違いなく壮大で、効率的です。

長年コンサルティングファームにいると、さまざまな高給取りと出会います。しかし、高給を稼いで自分のためだけに使う生活を送っている人たちよりも、給与は低くてもでも「これは」と思う団体・組織に使ってもらう生活を送っている人たちの方が、はるかに心が穏やかで、豊かに暮らせるのではないかと感じています。(以前の勤務先では直属の上司を含む多くのトップエグゼクティブが、週末は何らかの社会活動・奉仕活動をしていたので、こうした活動をしていた人たちとしていない人たちを、比較可能なボリュームで知っています。)

クリスチャンなので、有効で壮大なことができる団体の1つは「教会」だと思っています。しかし、教会だけがそうした団体ではないと思います。教会やNPO団体だけではなく、「これは」と思う企業があれば、同じように私のお金を使って大きなことをしてもらいたいと思います。

こういう観点から、以前はいくつかの企業の株式を所有していました。(残念ながら現在はPDCAのC(監査)がしっかりとしていて、公正さを維持しつづけられるゴーイングコンサーンな企業を知らないため、株式投資はしていません。)

私自身ができることは小さいです。でも、この小さいことをとりまとめて、大きなことをしてくれる人たちがいる。それは、本当にすばらしいことだと思います。

寄付や献金の話をすると「えらいね」「すごいね」といわれることがあります。でも、私にとっては、すごいことや偉いことという感じはありません。私自身ができないことに、ほんの少しでも参加させてもらえた、私自身では何もできなくても、それでも役に立つことができる、という、とてもとても大きな安心感を与えてもらっていると感じます。

私達の一人一人の力はとても小さいです。でも、その小さな力でも、大きなことができます。

福岡 動物の家の設立を呼びかけている、PCサイトはこちらです。携帯サイトはこちら です。

私達を日々慰めてくれるわんちゃんやねこちゃんのためにぜひ、募金をお願いします。

最後に、もう1つ紹介させてください。

まだ子供だった私が「私も世界につながっているんだ」「小さい子供の自分でも世界のために何かができるんだ」という「絶対的な自己肯定感」をはぐくんでくれたのは、ワールドビジョンのチャイルドスポンサーシップ制度だったのではないかと思います。

自分は小さくでも、それでも世界に影響を与えることができる、という実感は今の私を作り上げる上で、とても大きな影響を与えていると思います。

ワールドビジョンジャパンでは、クリスマスまでに5000人の子供達のスポンサーを探しています。12月18日現在、3844人の子供達のスポンサーが見つかりました。後、1156人です!!こちらもぜひ、ウェブサイトを見てみてください。

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福岡 「動物たちの家」

福岡 「動物たちの家」
福岡に出張できています。

写真は、福岡動物里親の家が新たに始めようとしている「動物たちの家」のための支援(寄付)のお願いのチラシです。

詳しいことは、後ほど記事にさせていただきます。まずは取り急ぎ、写真をアップします。

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ちょっとリラックス

ちょっとリラックス
今日は、自宅で終日 仕事です。

オフィスよりもネットワークやパソコンが高機能という、ガジェットおたくならではの快適さに加えて、疲れた頃に和ませてくれる おばかネコがいるので、気分転換ができます。

ゴミ袋に入ると暖かいようです。

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2ヶ月が経ちました

2ヶ月が経ちました
10月12日、この1年間、いつも心の片隅にあって、離れていかなかった心配が、とりあえず、解消されました。

この日は、有楽町駅前の再開発のオープニングでした。

駅前を歩き回って、1時間。ようやく、道路の反対側の植え込みから、黒い影が見えました。「くろちゃん?」と声をかけると「ニャー」と、か細い返事を返します。

慌てて道路を渡って「くろちゃん」と呼ぶと、「ニャッア」と可愛く返事をしながら、こちらにトコトコと走ってきました。

あまりの人の多さに植え込みから出てくる勇気はなさそうでした。また、かなり疲れているように見えました。

でも、とりあえず、保健所を呼ばなかったことが分かって、心の底から安心しました。(呼んだけど捕まらなかったのかもしれないけど。)

そう、私の心配というのは、再開発の最後に、保健所に一斉捕獲をさせるのではないかということでした。

工事関係者がネコたちを可愛がって、守ってくれてきたので、やられるとしたら、工事関係者がいなくなってからオープンまでの数日間だと睨んでました。

神田の保護団体の人たちも、ホームレスのおじさんたちも、見張りをしていました。

オープンから2ヶ月が経ちました。とりあえず、保健所を呼ばれるという危険性は低くなったようです。

イトシア(有楽町の駅前にできた建物の名前)の警備員さんとも清掃員さんとも顔見知りになりご飯を片付けられてしまったり、ネコ達の世話をしてくれているホームレスが追い払われたりというトラブルも落ち着いてきました。

しかし、再開発の人工的な街並みは、生き物が生きるための必要な環境をことごとく奪いました。

雨風を避けることができる場所が減り、ネコたちにとってだけではなく、人間にとっても過ごしにくい場所になってしまいました。

くろちゃんは、台風の中、雨風を避けることができずに、びしょ濡れになっていました。今は、看板の影で雨をしのいでいます。

何時間でもブラブラと歩くことができた銀座の街並みは、このまま、人工的な建物と人工的な植え込みになっていくのでしょうか。

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一緒に働けないと決断する時

私は、業務遂行の専門性が足りないという理由で「一緒に働けない」と判断することは、相当に稀です。大半の場合は、考え方の癖が原因です。

組織をマネジメントするうえで「チームから外れてもらわざるをえない」と判断する代表的な考え方の癖が「嘘をつく」と「同僚のアドバイスを無視する」という2つです。

こういう考え方の癖が直りにくいというわけではありません。2-3ヵ月間 集中して、周囲の同僚が誠意を持って接し続けた結果、チームに対して誠実になったメンバーもいました。

問題なのは、この本人が変わるかどうかではないのです。

最大の問題は「サポートし続けているチームメイト達のモチベーションを維持し続けられるかどうか」という点です。

アドバイスをしても無視される、そもそもアドバイスをしようにも業務の失敗や遅延を知られないために嘘をつこうとするため適切なアドバイスをおこなうことができない。

こういうことが、毎日毎日、数ヶ月に渡って続けたら「サポーティブであることが馬鹿らしい」という気持ちになるのが当然だと思います。

私は、チームをマネジメントする責任者として「チームの中でサポーティブマインドを如何にして高めるか」を考え、そのために最大限のエネルギーを注ぎたいと考えています。

コンサルティングという仕事はチームで行う仕事です。また、私は「受けるより与えるほうが幸いであると考えることができる人たちが集まる組織が最強の組織であり、そこに集まっている人間が最も幸せでいることができる組織である」と強い信じています。

私は、私のチームに対して「受けるよりも与えるほうが幸いである」と考えることができる風土であってほしいと願っています。また、そういう組織であれば、どれほど社会環境が変化しても、お客様のニーズが変化しても、変化に対応して高品質のサービスをご提供しつづけることが可能であると確信しています。

私にはビジョンがあります。

チームの仲間やお客様に対して「与えたい」という熱い思いで突き動かされている人たちが集まる組織作りです。

もちろん、全メンバーが一緒に同じビジョンを見て、賛同してビジョンに向かって突き進んでくれれば、最高の幸せです。

しかし、残念ながら、そうはいかないこともあります。ビジョンを共有することができない人には立ち去ってもらうことになります。

一方、ビジョンを共有していながらも、別の組織に異動をして、そこでビジョンを広める手伝いをしてくれる人もいます。同じ組織にいなければビジョンが共有できないというわけではありません。異動をしても、同僚という関係ではなくなっても、ビジョンを共有しあうことは可能です。

「受けるよりも与えるほうが幸いである」という思いと対極にあるのが「サポーティブであることが馬鹿馬鹿しい」という思いです。

先日、ある人から「何回アドバイスをしても、何時間もかけていろいろと話し合っても、完全に無視され続けて、サポートするのがもう馬鹿らしくなっちゃいました」という愚痴を聞きました。

もしかしたら、アドバイスをしている相手はあと数週間で変わるかもしれません。しかし、こういう場合に私は「その数週間を待つ猶予は与えられていない」と判断します。

冷たいと思う人も多々いることは理解しています。しかし、私は仲良しクラブを作ろうとしているのでもなければ、スタッフの召使でいようとしているわけでもありません。

部門を預かるということは、売り上げ責任などの会社から与えられている目標を達成するというだけではなく、部門を管理するにあたってのビジョンを示し、同じビジョンをメンバーに共有してもらうために最大限の努力を払うということだと考えています。

私のビジョンはこの記事に書いたとおりです。ビジョンとは正反対の行動を採算繰り返す場合、私が職責を辞するか、正反対の行動を繰り返す人が異動・退職をするという、どちらかの選択肢しかないと考えています。

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白髭橋、浅草雷門経由 秋葉原

山谷からバスで市ヶ谷に向かっています。

秋葉原駅行きのバスで隅田川沿いを走り白髭橋を右折、浅草雷門を経て蔵前まで。蔵前で大塚行きに乗り換えようと思っていたら、うっかり降り損ねました。

今、まだ秋葉原駅行きのバスの中です。

さて、この先 どうしたもんでしょう。

財布を持っていないので手持ちの資金は、都バスの定期券とモバイルスイカ900円です(苦笑)

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