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目標ベース経営と価値ベース経営

昨日、研究職や専門職での女性活用の記事を検索していたら、私が所属していた製造業系の研究所がヒットしました。この記事では研究所を「オフィスは,大学の研究室を思わせるような自由な雰囲気。(中略)外国人の社員やインターン生も多い。」と紹介しています。

私は、勤務していた当時から、製造業の工程管理と研究所、営業職として働く人たちに要求されるもっとも重要な資質は全く異なると感じていました。また、それぞれの職場で従業員が望む職場の雰囲気や人間関係も異なると感じていました。

私自身は「自由」「仕事のおもしろさ」「切磋琢磨しあえる仲間の存在」「おもしろい研究対象」「考えていることをフレームワーク化していくプロセス」といったものが大切なのであって、最終的にそれらが「いくらの商品・製品になるか」ということには、実は全く興味がありません。

しかし、当時も現在も、所属している部門には売り上げ責任があり、部門長として一定の売り上げを上げ続けなければ、こうした「研究者・コンサルタントが楽しいと思う環境を作る権利」も奪われてしまうため、一定の売り上げや製品貢献を続けてきました。

私にとって研究職・コンサルタント職として最も大切なことは、最終的に会社が私を評価して給与を支払う評価軸としている「売り上げ」や「製品貢献」というステップではなく、そのもっともっと前段階なわけです。ですから、例え「売り上げ」や「製品貢献」度が高く、会社が私にたくさんの給与を支払ったとしても「自由」「仕事のおもしろさ」「切磋琢磨しあえる仲間の存在」「おもしろい研究対象」「考えていることをフレームワーク化していくプロセス」というものが無くなった時点で、実は全く楽しくなくなっているわけです。

営業担当者にとっては「いくらの商品・製品を取り扱っているか」「商材の規模」「クライアント・業界における売り上げ占有率」など、ワクワクする対象が全く異なります。

工程の品質管理を行っている人は「歩留まり」だったり「ライン停止率」など、やはり重視するポイントが異なります。

例えば私のように、本来の性格は典型的な研究職で、売り上げの数字などには興味がまったくない、という人間が、「売り上げ」や「製品貢献」という点で一定の評価を上げ続けたとします。そうすると、研究職やコンサルタントが上司の時と、非研究職・非コンサルタントが上司の時では、全く異なる印象を与えることになります。

上司が研究職・コンサルタントであった場合「そろそろ本人が楽しいと思う仕事に回してあげないと、退職も近いなあ」と考えます。上司が非研究職・非コンサルタントであった場合「売り上げにこれだけ貢献できるなら、来期もいくら期待できるかな」と考えます。数字に目がいくか、仕事の内容や仕事環境に目がいくかの違いとも言えます。

上司が非研究職である場合、私のような人間が部下になると短期間で転職せざるをえない状況になります。反対の場合(私の下に数値目標重視の部下が来た場合)も、私が相手の価値観を受け入れない限りは、同様に短期間で転職または異動することになります。

また、こうした出世をさせるタイミングという点も、目標ベースで「○○という職位になりたい!」と考えている人と価値ベースの人では異なります。

例えば、仲間とわいわいと切磋琢磨しながら研究やプロジェクトを進めてきた価値ベースの新人が急激に成長して、プロジェクトのリーダーをすることができるレベルになったとします。最初はリーダーとして一生懸命に働いてくれるでしょう。しかし、多くの場合、リーダーとして数年経った頃から急激に仕事がおもしろくなくなっていきます。そして、研究や勉強に対するモチベーションが下がり、ハイパフォーマーからミドル、そしてローパフォーマーへと変化していきます。

それは、当たり前のことなのです。もともと、本人が楽しいと思っていたのは「仲間とわいわいと切磋琢磨しながら研究やプロジェクトを進めること」です。リーダーになるということは、同職位のメンバーとは切磋琢磨をする機会がほとんどなく、自分よりもスキルが低い人間の管理をするようになる、ということです。

本人にとって楽しいと感じる機会を全て奪って、会社にとって重要な売り上げを追求すれば、このようにしてハイパフォーマーをローパフォーマーへと変化させることになります。

人によっては、部下が成長することが楽しくなってリーダー職・マネジャー職としてもハイパフォーマーとして機能してくれる人もいます。どちらかというと、こちらの人の方が深刻な問題になりがちです。

もともと本人は「仲間と切磋琢磨できる」ということが楽しかったわけです。自分の部下同士が切磋琢磨しあえる環境を作っているという実感があれば、楽しいと感じ続けるでしょう。しかし、そうでない場合は、雪崩を起こしたようにモチベーションが低下していきます。

しかもこのモチベーションを上げるためには、自分自身をコントロールする方法ではなく、部下同士の人間関係や部下の仕事に対する姿勢を変えなければいけません。

人は人を変えられません。リーダーが部下を変えることなど不可能です。

ですから、このケースの場合は、まず間違いなく、短期間で退職につながります。

私などがまさに、典型的なこのタイプの人間です。

私にとって楽しいのは給与明細の金額やボーナスの金額ではなく、ディスカッションをしあえる仲間の存在、ディスカッションをして新しいものを作り出すプロセス、自分の頭の中が整理されていく実感、などです。また、チーム意識が高いので、自分自身の成長と同じ、もしくはそれ以上に、仲間のクリエイティビティがアップしていく実感があった時には、至上の喜びを感じます。

反対に、

  • ディスカッションが成立しない(ディスカッションをするためには一定の訓練を受けていることが必要です。合宿や会議など、場を提供しても、それ以前に参加者の大半が話し合いやファシリテーションの訓練を受けていなければ無意味です)
  • チームのメンバーが成長しない
  • 成長しない仲間を組織が排除せず、いつまでもチームメンバーとして存在しつづけている

という環境は、著しいモチベーションダウンを引き起こします。

私は、自分、上司、同僚に対して、ディスカッションの不成立や成長の実感がないという場合もデモチしますが、それ以上に自分の部下がこうした状況の時に著しいモチベーションダウンを起こします。

部下が、勉強をしない、自分と仲間の成長に全精力を費やさない、会話が成立しない、といった環境では、長期間働き続けることができません。(もちろんこれは、部下の能力だけではなく私自身のリーダーとしての能力不足も大きな要因なので、部下が悪いと言っているわけではありません。)

上司やトップマネジメントが「報酬は給与で支払っている。それ以外のもの(仲間との関係や職場の雰囲気)は会社が支払う報酬ではない」という考え方だと、プロジェクトをマネージすることを楽しんでいるのか、仲間との切磋琢磨の機会を楽しんでいるのかということに対する配慮の優先順位をかなり低く考えがちです。

しかし、とてもラッキーなことに、私は数回の例外を除き、大半の職業人生で「考えることって楽しいよね!!(I am so happy because I am your brain storming partner!)」と真顔で目を見て言う上司や仲間と働いてきました。

また、今のようなポジションになってしまうと、通常は同ポジションのメンバーや、直属の上司であるトップマネジメントとディスカッションをしたり、新しいビジネスフレームワークをしたりということになります。

しかし、幸いなことに、この数年間、プロジェクトのチームメンバーに恵まれてきて、プロジェクトチームメンバーとこうした機会を得ることができていました。また、お客さまにも恵まれてきたと言えるでしょう。端から見ると喧嘩に見えることもあるそうなのですが(苦笑)、率直に意見を言い合いディスカッションをすることができるクライアントに恵まれる、というのはコンサルタントにとっては、最高の幸せだったと思います。

文句を言われたくないので、一定の売り上げは上げ続けてきましたが、あくまでも「楽しいことをやるのに口出しされたくないから」売り上げを上げてきただけであって、売り上げ自体に興味があったわけではありません。

しかし、上述したとおり「数回の例外」もありました。

前回記事に書いたことが、この例外の1つです。以前所属をしていたコンサルティングファームは会計監査法人の一部門(途中から子会社)でした。

いずれの時期もトップは会計監査法人からの出向である会計士であり、コンサルティングビジネスの生え抜きではありませんでした。中にはコンサルティングをしたこともないまま出向してきた、という人もいました(出向してきた後にもコンサルティングプロジェクトに参画しなかった、という人は一人もいませんが)。

トップは、コンサルタントが重視している労働条件を理解できませんでした。そのため、ディスカッションが発生しにくいオフィスレイアウトになり、売り上げ重視になりました。そして、最悪の事態が発生したのです。

人材採用の最終決定権を持つ人間が「コンサルティング」というものの本質を理解していなかった結果、「チームに何(知識・経験・アイディア)を提供できるだろうか」というマインドが皆無のぶらさがり社員がアメーバのように社内に増殖しはじめたのです。

半年~1年もした頃、採用に失敗をしたということは、トップも気がつきました(アサイメントできないので)。

しかし、そこでもトップは選択を誤りました。「黒字なのだから、アサインできないコンサルタントもしばらく雇っておこう。数年したら彼らもアサインが可能になるかもしれない。」という意志決定をしたのです。

この意志決定のどこが誤りだったのでしょうか?

おそらく、日系事業会社に長年勤めていた人が「この意志決定が誤りだと言われれば反感を感じるであろう」ということは容易に想像がつきます。

しかし、考えてみて下さい。研究者やコンサルタント達が重視しているのは何だったのでしょうか?

「自由」「仕事のおもしろさ」「切磋琢磨しあえる仲間の存在」「おもしろい研究対象」「考えていることをフレームワーク化していくプロセス」そして、「仲間のクリエイティビティがアップしていく実感」です。

これらの価値観は、一人では達成し得ません。同様の価値観を持つ仲間がいて、初めて達成できることです。ですから、同様の価値観を持たない人間の割合が増えるということは、それだけで研究者やコンサルタント達にとってのモチベーションは著しく低下する直接原因になるのです。

しかし、一般事業会社の営業職や工程管理職ではぶらさがり社員が増加しても、不満や苦情は増すものの、このことが原因で退職をする社員は少なく、ぶらさがり社員の割合が2-3割の間は会社存亡の危機になる危険性はほとんどないと言えるでしょう。

ですから、こうした営業職や工程管理職経験者が、自分が慣れ親しんだ経営手法を適用していて研究職やコンサルタントを管理しようとした場合「2-3割なら大丈夫」「黒字の間は大丈夫」という判断をしがちです。

しかし、現実は違います。

この記事の最初に書いた研究所では、ぶらさがりと思わしき研究員がいたら、ただちに異動または長期出張・長期企業派遣をします。また、そもそも、営業職や間接部門、製造部門とは「職員が重視する労働条件」があまりにも違うため、完全にオフィスを分離し、研究員にとって重要な価値観を共有できない人間は、日常的には研究職の前に姿を現さないように、十分な配慮を行っていました。

製造業界ですから、安全管理や衛生管理に対する配慮は社風としてとても重視されましたが、時にはこうした社風と研究職が希望する職場環境とは相反することもあります。その場合は、統括する責任者が、総務部門やトップマネジメントと折衝し、何とかして「大学のような雰囲気」を維持し続けようとしていました。記事を見る限り、今でも同様の雰囲気を維持しているようです。

また、前回の記事に書いた監査法人系のコンサルティングファームでも、こうした雰囲気を維持するために、多大なコストを支払っています。さまざまな工夫をして、コンサルタントが重視している価値観を共有できない人間が、コンサルタントの前に姿を現さないようにしています。過去の失敗を繰り返さないために、おそらく相当の金額を費やしているはずです。

目標ベース(売上高など)で働き、目標を達成することに満足する人もいます。しかし、価値ベースで働く人もいます。

多くの場合、コンサルタントや研究職は価値ベースです。

価値ベースの人間を管理し、上手に働かせるためのノウハウは、目標ベースの人間の管理方法とは全く異なります。

このことを組織は、十分自覚しなければいけないと思います。

そして、そのことを受け入れられない限り、コンサルティングファームや研究所を自社で創立しようなどとは考えず、出資をするか、もしくは、研究者やコンサルタント達作る知的所有権の仲介ビジネスに特化する方が望ましいと考えています。

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