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2007年11月

部屋中 真っ黒

保証型情報セキュリティ監査の説明会に出席しています。

制度の中身についてはまたの機会に譲るとして……

50人の会場に、女性は4人!

そのうち2人は、かなりマニッシュな服装です。

この状況を想像していたので、私も普段よりもスーツぶぽい服を着てはいます。

普段の服装だったら、完全に浮いてたなぁ。

情報セキュリティ監査の会合は、システム監査やIT全般統制の会合より、とっても服装がコンサバティブなのです。

なぜでしょうね?

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ツナのつぶやき

ツナのつぶやき
寒いのに(しかも、うちのエアコン壊れてて使えないのに)シャンプーされた。

仕返しに 濡れたまま 膝に乗ってやれぇ!

と考えているのではないかと邪推してしまいます。

朝からバタバタしていて、ツナくんにキャラメルソースをかけてしまいました。(バタバタしてたら、友達との約束をすっかり忘れてしまいました。スケジュール管理がなってないですね。ごめんなさい。)

しばらく放っておけば自分でなめてくれるかと思ったのですが、飼い猫には、そういう知恵はなかったようです。

ベタベタしたままでぼーっとしているのでシャンプーをしました。

すると、腹いせのように、濡れた毛を舐めて乾かすこともなく、膝に乗って甘えてきます。

ネコが、寒い時と水に濡れた時は不安感が増して保護を求める生き物だということは承知していますが、エアコンが壊れている我が家では、まるで拷問のような冷たさです。

仕方ない、怖がるけど、ドライヤーで乾かすしかないなぁ。

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吉原大門の前で小学校の担任に会ったことがある子供が成長すると、、、

私のような大人に育ちます(笑)

私の外見や、普段の仕事内容を表面的に見て、私が青山だとか恵比寿・代官山にいるような誤解をしている方がいるようですが、実際には根っからの下町の人間です。

私は、尾久、荒川、三ノ輪、日本堤、清川といった隅田川沿いの町に生息しています。佐賀の電気が通っていないド田舎で生まれ、その後は隅田川沿いの河川敷で生活しています。

永井荷風、樋口一葉をこよなく愛している、と言えば文学好きな方なら、だいたいの人物像が分かるかと思います。

小さい頃から、河川敷や公園のブルーテントや、昼間から路上で開帳する丁半ばくちは日常的に見かける生活の一部でした。吉原の横を通っていれば、大人に対する尊敬というのはあんまり醸成されないものです。このエリアの子供は、比較的早熟で、そして大人達の二枚舌を知っていますから、あまり大人の言うことを真剣に受け取らない、親をあまり尊敬していない子供が多いのではないでしょうか(苦笑)

山谷の記事を読んで、私がボランティアで山谷で何かをしていると誤解した方がいたようです。そうではなく、山谷は私の生活圏の一部なのです。

しかし、私が小さい頃、山谷(日本堤、清川、東浅草)は日雇い労働者の町であって、ホームレスの町ではありませんでした。

山谷は、日本の戦後の復興を支える労働力の中心でした。出稼ぎ労働者が、集中して寝泊まりをして、短期間で稼いでは故郷に帰っていく。そういう町でした。

活気があって、喧嘩っぱやくて、柄が悪くて、小学生にとっては、怖くて自転車を全力でこいで通り過ぎる、そういう町でした。

それが、私が高校生の頃から少しづつ何かが変わってきました。

そして、バブルがはじけ、その「何か」が何であるかがハッキリしました。

高齢化です。

バブルのさなか、若い労働力は、肉体労働から離れ、比較的楽だと思われる、しかし手に職が付かない仕事を選んで就業しました。結果として、日雇い労働に従事する土木作業員は、急激に高齢化していきました。

そのため、「活気があって、喧嘩っぱやくて、柄が悪くて、怖い」と感じていた町の雰囲気から、少しずつ活気が失われていたのです。

そして、バブルがはじけ、建設着工件数が激減した時、山谷の簡易宿泊所で生活する多くの日雇い労働者達は、簡易宿泊所の費用を支払えなくなり、頼る身寄りがない人たちは、公園や路上で生活し始めたのです。

路上に出てきた彼らを見たときに、激しい高齢化に愕然としました。

これが、私が小学生の頃に吉原(という地名はもうないですが)で女性達をからかっていた人たちと、同じ集団だとは思えませんでした。

その上、東京都は町並みのクリーンナップと称して、地下街や東京の中心地区から、路上生活者を山谷の簡易宿泊所に集め始めました。

そして、今のような、働きたくても今までの過酷な肉体労働や、習慣的な飲酒による深刻なアルコール依存により、働くことができない人たちが集まる町になってしまいました。

東京都や台東区、荒川区は、自立支援と称して技能講習を提供しています。しかし、この講習を受講するためには、文字の読み書きから修得しなければいけない人、まずは身体の痛みを解決しなければいけない人がたくさんいます。しかし、特別予算すら使いつくした台東区には、もうこうした人たちに対して生活保護手当を支給する余裕もありません。

私だけではなく、このブログを読んでくださっている、多くの方が日々歩いている道路、歩道橋はどうやって出来たと思いますか?重機類が入ることができるようになるためには、どうやって障害物を撤去すると思いますか?

今までに暮らしてきた家の基礎工事は、誰がしたのでしょうか?ネコ車をおして、コンクリートを運んだのは誰でしょうか。その人が、その工事で身体を痛めて働けなくなって、今は路上で寝ているかもしれません。

先日、アウトドアスポーツの専門店で冬山登山をする方々とお話をする機会がありました。路上生活の日常を説明したところ、冬山登山の登山隊の方が口を揃えて「自分達の体力では3日持てば良い方だと思う。苛酷すぎる。」と言いました。

冬山登山のエキスパートであっても「健康を維持できるのは3日」と言う生活を、関節に持病を抱える人たちがしています。

この町で暮らすには、2つの方法があります。

朝晩の町を歩く時に、目線を上に向けて、路上を見ず、何か目に入っても、見ないふり、気づかないふりをするという方法。

もう1つが、しっかりと彼らの生活を直視するという方法です。

私の生活の中には、常に路上で寝ている人たちの姿があります。そして、彼らの多くが野良猫の面倒を見て、少ない食糧を分け与えている姿を見ます。

しかし、ホームレスは当たり前ですが天使などではありません。日常的に飲酒をしているため、少しでも腹が立ったり意見が対立すると感情的になり、すぐに喧嘩になります。カッターを振り回し、路上で排泄をし、生協の宅配食糧を持って行ってしまいます。

こういうこと、全てが、私の暮らす町の日常生活の一部なのです。

私という人間ができあがる過程で、この町で暮らしてきたということが与えている影響ははかりしれないものがあります。高度成長経済時に使い捨てにされた労働者達は、私が所属する地域コミュニティの主要メンバーの一員です。

ボランティアというのは、自分と関係のない人たちのために何かをすることだと思います。

しかし、彼らは私と同じ地域のコミュニティのメンバーであり、他人ではありません。

彼らがアルコールから離れ、健康を取り戻し、地域の労働力と消費者として戻ってくるまで、私のふるさとである隅田川河川敷地区の活性化もないと感じています。

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目標ベース経営と価値ベース経営

昨日、研究職や専門職での女性活用の記事を検索していたら、私が所属していた製造業系の研究所がヒットしました。この記事では研究所を「オフィスは,大学の研究室を思わせるような自由な雰囲気。(中略)外国人の社員やインターン生も多い。」と紹介しています。

私は、勤務していた当時から、製造業の工程管理と研究所、営業職として働く人たちに要求されるもっとも重要な資質は全く異なると感じていました。また、それぞれの職場で従業員が望む職場の雰囲気や人間関係も異なると感じていました。

私自身は「自由」「仕事のおもしろさ」「切磋琢磨しあえる仲間の存在」「おもしろい研究対象」「考えていることをフレームワーク化していくプロセス」といったものが大切なのであって、最終的にそれらが「いくらの商品・製品になるか」ということには、実は全く興味がありません。

しかし、当時も現在も、所属している部門には売り上げ責任があり、部門長として一定の売り上げを上げ続けなければ、こうした「研究者・コンサルタントが楽しいと思う環境を作る権利」も奪われてしまうため、一定の売り上げや製品貢献を続けてきました。

私にとって研究職・コンサルタント職として最も大切なことは、最終的に会社が私を評価して給与を支払う評価軸としている「売り上げ」や「製品貢献」というステップではなく、そのもっともっと前段階なわけです。ですから、例え「売り上げ」や「製品貢献」度が高く、会社が私にたくさんの給与を支払ったとしても「自由」「仕事のおもしろさ」「切磋琢磨しあえる仲間の存在」「おもしろい研究対象」「考えていることをフレームワーク化していくプロセス」というものが無くなった時点で、実は全く楽しくなくなっているわけです。

営業担当者にとっては「いくらの商品・製品を取り扱っているか」「商材の規模」「クライアント・業界における売り上げ占有率」など、ワクワクする対象が全く異なります。

工程の品質管理を行っている人は「歩留まり」だったり「ライン停止率」など、やはり重視するポイントが異なります。

例えば私のように、本来の性格は典型的な研究職で、売り上げの数字などには興味がまったくない、という人間が、「売り上げ」や「製品貢献」という点で一定の評価を上げ続けたとします。そうすると、研究職やコンサルタントが上司の時と、非研究職・非コンサルタントが上司の時では、全く異なる印象を与えることになります。

上司が研究職・コンサルタントであった場合「そろそろ本人が楽しいと思う仕事に回してあげないと、退職も近いなあ」と考えます。上司が非研究職・非コンサルタントであった場合「売り上げにこれだけ貢献できるなら、来期もいくら期待できるかな」と考えます。数字に目がいくか、仕事の内容や仕事環境に目がいくかの違いとも言えます。

上司が非研究職である場合、私のような人間が部下になると短期間で転職せざるをえない状況になります。反対の場合(私の下に数値目標重視の部下が来た場合)も、私が相手の価値観を受け入れない限りは、同様に短期間で転職または異動することになります。

また、こうした出世をさせるタイミングという点も、目標ベースで「○○という職位になりたい!」と考えている人と価値ベースの人では異なります。

例えば、仲間とわいわいと切磋琢磨しながら研究やプロジェクトを進めてきた価値ベースの新人が急激に成長して、プロジェクトのリーダーをすることができるレベルになったとします。最初はリーダーとして一生懸命に働いてくれるでしょう。しかし、多くの場合、リーダーとして数年経った頃から急激に仕事がおもしろくなくなっていきます。そして、研究や勉強に対するモチベーションが下がり、ハイパフォーマーからミドル、そしてローパフォーマーへと変化していきます。

それは、当たり前のことなのです。もともと、本人が楽しいと思っていたのは「仲間とわいわいと切磋琢磨しながら研究やプロジェクトを進めること」です。リーダーになるということは、同職位のメンバーとは切磋琢磨をする機会がほとんどなく、自分よりもスキルが低い人間の管理をするようになる、ということです。

本人にとって楽しいと感じる機会を全て奪って、会社にとって重要な売り上げを追求すれば、このようにしてハイパフォーマーをローパフォーマーへと変化させることになります。

人によっては、部下が成長することが楽しくなってリーダー職・マネジャー職としてもハイパフォーマーとして機能してくれる人もいます。どちらかというと、こちらの人の方が深刻な問題になりがちです。

もともと本人は「仲間と切磋琢磨できる」ということが楽しかったわけです。自分の部下同士が切磋琢磨しあえる環境を作っているという実感があれば、楽しいと感じ続けるでしょう。しかし、そうでない場合は、雪崩を起こしたようにモチベーションが低下していきます。

しかもこのモチベーションを上げるためには、自分自身をコントロールする方法ではなく、部下同士の人間関係や部下の仕事に対する姿勢を変えなければいけません。

人は人を変えられません。リーダーが部下を変えることなど不可能です。

ですから、このケースの場合は、まず間違いなく、短期間で退職につながります。

私などがまさに、典型的なこのタイプの人間です。

私にとって楽しいのは給与明細の金額やボーナスの金額ではなく、ディスカッションをしあえる仲間の存在、ディスカッションをして新しいものを作り出すプロセス、自分の頭の中が整理されていく実感、などです。また、チーム意識が高いので、自分自身の成長と同じ、もしくはそれ以上に、仲間のクリエイティビティがアップしていく実感があった時には、至上の喜びを感じます。

反対に、

  • ディスカッションが成立しない(ディスカッションをするためには一定の訓練を受けていることが必要です。合宿や会議など、場を提供しても、それ以前に参加者の大半が話し合いやファシリテーションの訓練を受けていなければ無意味です)
  • チームのメンバーが成長しない
  • 成長しない仲間を組織が排除せず、いつまでもチームメンバーとして存在しつづけている

という環境は、著しいモチベーションダウンを引き起こします。

私は、自分、上司、同僚に対して、ディスカッションの不成立や成長の実感がないという場合もデモチしますが、それ以上に自分の部下がこうした状況の時に著しいモチベーションダウンを起こします。

部下が、勉強をしない、自分と仲間の成長に全精力を費やさない、会話が成立しない、といった環境では、長期間働き続けることができません。(もちろんこれは、部下の能力だけではなく私自身のリーダーとしての能力不足も大きな要因なので、部下が悪いと言っているわけではありません。)

上司やトップマネジメントが「報酬は給与で支払っている。それ以外のもの(仲間との関係や職場の雰囲気)は会社が支払う報酬ではない」という考え方だと、プロジェクトをマネージすることを楽しんでいるのか、仲間との切磋琢磨の機会を楽しんでいるのかということに対する配慮の優先順位をかなり低く考えがちです。

しかし、とてもラッキーなことに、私は数回の例外を除き、大半の職業人生で「考えることって楽しいよね!!(I am so happy because I am your brain storming partner!)」と真顔で目を見て言う上司や仲間と働いてきました。

また、今のようなポジションになってしまうと、通常は同ポジションのメンバーや、直属の上司であるトップマネジメントとディスカッションをしたり、新しいビジネスフレームワークをしたりということになります。

しかし、幸いなことに、この数年間、プロジェクトのチームメンバーに恵まれてきて、プロジェクトチームメンバーとこうした機会を得ることができていました。また、お客さまにも恵まれてきたと言えるでしょう。端から見ると喧嘩に見えることもあるそうなのですが(苦笑)、率直に意見を言い合いディスカッションをすることができるクライアントに恵まれる、というのはコンサルタントにとっては、最高の幸せだったと思います。

文句を言われたくないので、一定の売り上げは上げ続けてきましたが、あくまでも「楽しいことをやるのに口出しされたくないから」売り上げを上げてきただけであって、売り上げ自体に興味があったわけではありません。

しかし、上述したとおり「数回の例外」もありました。

前回記事に書いたことが、この例外の1つです。以前所属をしていたコンサルティングファームは会計監査法人の一部門(途中から子会社)でした。

いずれの時期もトップは会計監査法人からの出向である会計士であり、コンサルティングビジネスの生え抜きではありませんでした。中にはコンサルティングをしたこともないまま出向してきた、という人もいました(出向してきた後にもコンサルティングプロジェクトに参画しなかった、という人は一人もいませんが)。

トップは、コンサルタントが重視している労働条件を理解できませんでした。そのため、ディスカッションが発生しにくいオフィスレイアウトになり、売り上げ重視になりました。そして、最悪の事態が発生したのです。

人材採用の最終決定権を持つ人間が「コンサルティング」というものの本質を理解していなかった結果、「チームに何(知識・経験・アイディア)を提供できるだろうか」というマインドが皆無のぶらさがり社員がアメーバのように社内に増殖しはじめたのです。

半年~1年もした頃、採用に失敗をしたということは、トップも気がつきました(アサイメントできないので)。

しかし、そこでもトップは選択を誤りました。「黒字なのだから、アサインできないコンサルタントもしばらく雇っておこう。数年したら彼らもアサインが可能になるかもしれない。」という意志決定をしたのです。

この意志決定のどこが誤りだったのでしょうか?

おそらく、日系事業会社に長年勤めていた人が「この意志決定が誤りだと言われれば反感を感じるであろう」ということは容易に想像がつきます。

しかし、考えてみて下さい。研究者やコンサルタント達が重視しているのは何だったのでしょうか?

「自由」「仕事のおもしろさ」「切磋琢磨しあえる仲間の存在」「おもしろい研究対象」「考えていることをフレームワーク化していくプロセス」そして、「仲間のクリエイティビティがアップしていく実感」です。

これらの価値観は、一人では達成し得ません。同様の価値観を持つ仲間がいて、初めて達成できることです。ですから、同様の価値観を持たない人間の割合が増えるということは、それだけで研究者やコンサルタント達にとってのモチベーションは著しく低下する直接原因になるのです。

しかし、一般事業会社の営業職や工程管理職ではぶらさがり社員が増加しても、不満や苦情は増すものの、このことが原因で退職をする社員は少なく、ぶらさがり社員の割合が2-3割の間は会社存亡の危機になる危険性はほとんどないと言えるでしょう。

ですから、こうした営業職や工程管理職経験者が、自分が慣れ親しんだ経営手法を適用していて研究職やコンサルタントを管理しようとした場合「2-3割なら大丈夫」「黒字の間は大丈夫」という判断をしがちです。

しかし、現実は違います。

この記事の最初に書いた研究所では、ぶらさがりと思わしき研究員がいたら、ただちに異動または長期出張・長期企業派遣をします。また、そもそも、営業職や間接部門、製造部門とは「職員が重視する労働条件」があまりにも違うため、完全にオフィスを分離し、研究員にとって重要な価値観を共有できない人間は、日常的には研究職の前に姿を現さないように、十分な配慮を行っていました。

製造業界ですから、安全管理や衛生管理に対する配慮は社風としてとても重視されましたが、時にはこうした社風と研究職が希望する職場環境とは相反することもあります。その場合は、統括する責任者が、総務部門やトップマネジメントと折衝し、何とかして「大学のような雰囲気」を維持し続けようとしていました。記事を見る限り、今でも同様の雰囲気を維持しているようです。

また、前回の記事に書いた監査法人系のコンサルティングファームでも、こうした雰囲気を維持するために、多大なコストを支払っています。さまざまな工夫をして、コンサルタントが重視している価値観を共有できない人間が、コンサルタントの前に姿を現さないようにしています。過去の失敗を繰り返さないために、おそらく相当の金額を費やしているはずです。

目標ベース(売上高など)で働き、目標を達成することに満足する人もいます。しかし、価値ベースで働く人もいます。

多くの場合、コンサルタントや研究職は価値ベースです。

価値ベースの人間を管理し、上手に働かせるためのノウハウは、目標ベースの人間の管理方法とは全く異なります。

このことを組織は、十分自覚しなければいけないと思います。

そして、そのことを受け入れられない限り、コンサルティングファームや研究所を自社で創立しようなどとは考えず、出資をするか、もしくは、研究者やコンサルタント達作る知的所有権の仲介ビジネスに特化する方が望ましいと考えています。

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良い退職 悪い退職

私は今までに数回の転職をしています。この転職の中には、良い退職理由と悪い退職理由があったと考えています。

私は、会社にとっても本人にとってもWin-Winの退職時期・退職理由というものがあると考えています。

退職の時期としては、入社から退職までの期間に会社が支払ったコスト(給与、育成コスト、福利厚生費)に見合った金額の売り上げを上回る売り上げまたは何らかの成果を会社に還元した時期より後です。コンサルティングファームの場合、通常は給与の2-3倍の金額がコスト相応額ですから、入社から退職までの期間の2.5倍程度の金額を売り上げていれば、会社に対する義務は果たしていると言えます。多くのコンサルティングファームの場合、入社3年目がそれに相当します。

4年目以降も同様の売り上げを上げ続けられる人が退職するとなると、会社にとってはWinではなくLoseです。しかし、現実には約3-4割のコンサルタントが、3年間でコスト相応を売り上げることはできても、4年目以降もコスト相応額を売り上げることはできません。それは、コンサルティングファームで3年間成果を上げれば、職位があがることになり、職位があがれば給与が連動するため、稼ぐ義務がある金額が桁違いに増えるからです。

そのため、コンサルティングファームの平均勤続は3年程度です。

また、コンサルティングファームの場合は、3年もすればビジネス環境が異なってくるためプロジェクトで求められる専門知識が異なってきます。コアとなる論理力やファシリテーション能力はといったスキルベースは変わりませんが、知識・技術は異なるため、必要とされる勉強を常に続けていない限り、4年目の売上げ予測が0円です、というコンサルタントも少なくありません。

その場合、この記事で書いたように「同僚に迷惑をかけたくない」という倫理観が働くコンサルタントは、自分が必要コストを稼ぐことが出来なくなった段階で転職をしていきます。

コンサルティングファームで稼げなくなったからといって、別の会社でも稼げないわけではありません。

こういう時期の転職は、本人にとっても自尊心を失わずにすみますし、新しい環境にチャレンジをする機会になります。同時に、会社としては必要なだけ稼いでくれて、ぶらさがりになる前に転職してくれるわけで、諸手を挙げて賛成すべき退職だと考えています。

引き留めるどころか、感謝を伝えるべき退職時期ではないでしょうか。

また、「転職をすることで、現在の勤務先では行うことが出来ない仕事の内容や責任範囲の仕事を行うことができるようになる」場合、本人にとっては望ましい理由なので、引き留めるべきではないと考えています。

できれば同じ会社で同様のチャレンジをできればうれしいですが、コンサルティングファームというのは、通常は単一ビジネスです。ですから、異なる業種のチャレンジを行うことは困難です。

また、ビジネスの種類というだけではなく、組織戦略という点でも本人の希望と会社の希望が異なっている場合には、快く送り出すべきだと感じています。それは、重視する価値観が異なる場合、常時一緒に働くことは困難であっても、少し距離が離れたアライアンス先としては提携することが十分に可能だからです。

こうした場合、近い将来、クライアント-コンサルタント、またはアライアンス先という新しい関係として、一緒に働くことが出来る日が来ることを期待して、快く送り出すべきだと考えています。

コンサルティングファームにおける転職は、会社に対する裏切りでもなければ、仲間を見捨てる行為でもありません。

新しい関係を作るきっかけだと信じています。

しかし、新しい関係として関係を継続しつづけるためには、退職理由が何であるのかが重要だと思います。

コンサルタントが退職をする理由は以下の大別できます。

  1. 今までのコストは回収したが、今後要求される売上げを達成することができない
  2. 新しいチャレンジをしたい(希望する仕事内容と違う、を含む)
  3. 会社のビジョン・戦略と、自分が考える組織像が違った
  4. 仕事は楽しいが家庭や健康などの理由で現在の就労条件を満足させられない
  5. 同僚・上司・クライアントなどと人間関係が悪化した
  6. 今までのコストも回収していないが、今後要求される売上げも達成できない

私は1~3の理由による退職は、会社は強くリテンションをしてはいけないと考えています。強いリテンションを行わず、快く送り出すことで、新しい関係を構築できるからです。これらを「良い退職理由」と考えています。

「良い」というのは全人生という長いスパンで考えたときに「良い人間関係を維持しつづけられる退職理由」という意味です。

4のように家族の介護や育児といった「世間的にはいたしかたがない理由」と言われるものは、私は「悪い退職理由」だと考えています。それは、会社が多様な価値観を受け入れ、多様な働き方を提供する限り、これが退職理由とはならないからです。会社側は関係を維持したいと考えるかもしれませんが、退職した側からすると、関係を維持したいとは考えにくいでしょう。

また、5の場合も同様で、これは会社側も本人側も関係を維持したいとは考えにくいですから、悪い退職理由です。

そして、最後の6。これは、入社して数ヶ月以内で本人が自主退職すれば、良い退職にできます。しかし、周囲に負荷を与え始めてから退職した場合は、本人が関係を維持したいと希望しても、会社側が関係を維持したいと希望しません。ですから、時期によっては悪い退職理由になります。自分はどうやらこの先もずっとコストを回収できる見込みがない、と思われるのであれば、一刻も早く退職をすれば、良い関係を維持することができると思います。

こうした考え方は、コンサルティングファームで勤務をしていれば、あまり違和感がないのですが、それ以外の方には奇異に映るようです。

多くのコンサルティングファームの場合は転職をしても、Alumni(卒業生)と呼ばれる組織があり、最低年に1回集まって情報交換をするといった活動を積極的に行っています。

私も、つい先日このAlumniパーティに参加してきました。参加者の半分以上が既にそのファームの社員ではなく、さまざまなところで活躍しています。

転職や退職は、裏切り行為ではないのです。退職したからといって、関係を断ち切る必要もないですし、今後一緒に何かを作り出すチャンスがなくなるわけでもありません。

私自身、自分が転職をする際には、出来る限り良い理由で退職をしようとしてきました(実際には、家族の介護という理由で転職していますが・・・)。そのことが、前職とも良い関係を維持しつづけることができている理由だと考えています。

多くの事業会社では、転職していく人を「裏切り者」という目で見ます。中には、社員の退職率が人事や社長の評価指標となっているという、ただそれだけの理由でリテンションをかける会社まであります(前職で、人事コンサルティングをしていたので、そういう会社さんを多数見ました・・・・)。

しかし、職業人生で1社だけに所属をする人の割合は、どんどん減っていくことでしょう。会社も変わるし、人も変わります。1つの組織の中で良い関係を維持していくことは、どんどん難しくなっていくでしょう。

私はこれからも、良い退職理由を「良い」と考えられる人と、長期間の関係を継続していきたいと思います。

上司-部下、同僚という関係ではなくなっても、いつまでも末永くつきあっていきたいと、心から祈っています。

しかし、良い退職理由を「良い」と考えられるかどうか。それは、退職していく本人だけではなく、会社のトップマネジメントの意識や、退職していく社員の仲間達の意識に大きく依存します。

ですから、退職していく本人だけではなく、その仲間達にお願いします。

人間関係を、短期的にとらえないで下さい。長期的に良い関係を維持することができるように、キャリアプランを考えて下さい。

そして、その選択肢の中に、転職ということがあるのであれば、是非転職してください。そして、転職をしても、Alumniとして、いつまでの良い関係を続けていけるように、誠心誠意の努力をして欲しいと思います。

また、こうした価値観で、今でも私をサポートしてくれている、前職の同僚達にも心から感謝を伝えたいと思います。日本語で書いても読めないけど(笑)

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Up or Outしかない -コンサルティングファームの裏側-

コンサルティングファームは、たしかにアップオアアウトですね。でも、世間で言われているように、成長しない人間のクビを切るというのとは、実情はかなり違うんですよ。

どちらかというと、自分で自分の実力を振り返って「どう考えても、来年は自分の年収の2-3倍は稼げないなあ」と自覚したら、自発的に退職するっていうほうが多いんです。

もちろん、自発的に退職を申し出なくて、会社から言われる人もいないわけではないですけど、圧倒的に自発的に申し出る人の方が多いです。

それは、自分が退職しなかったときに、何が起るかを、みんなが十分理解していて、そんなことを仲間に強要できない、という倫理観が働くからだと思います。

コンサルティングファームというのは、装置産業ではありません(注:当時はアウトソーシングビジネスはなかった)。完全な、労働集約産業です。つまり、プロジェクトにアサイン出来ない人がいるということは、その人の分を誰かが残業してまかなわなければいけない、ということです。

ただでさえ忙しく働いている同僚達に、自分がプロジェクトで役に立たないから、自分の給与や費用分を追加で働いて下さい、と平気で要求できるほど、チームスピリットに乏しい人間は、たぶん、最初から採用されていないと思います。(注:嘘です。そういう人は、実際にはたくさん採用されるので、仕方なく、会社が退職勧告をすることも多々あります。)

ですから「今年、年収の2-3倍を稼げたか」「来年は年収の2-3倍を稼げるか」ということをじっくり考え、無理だと判断した時点で退職をしていく、ということになります。

例えば、年収800万円の人が1年間まったくプロジェクトにアサインできなかったとします。この人が稼ぐ義務がある金額は、通常は2000万円~3000万円です。この金額を、他のチームメンバーで頭割りをしたとします。10人のチームなら、一人200万円分の残業です。だいたい、年で60時間程度です。この程度なら、まだ追加で残業してもいいかな、と思うかもしれません。

しかし、実際には新人を採用すると、最初の半年はプロジェクトアサインは無理ですから、新人の分も追加で働いているわけです。また、10人のチームで、プロジェクトアサインが無理、と言う人が1人ということはあまりなく、通常は、2-3人づつアサインできなくなっていきます。

そうすると、計算上、自分の標準労働時間の、約1.3倍を働かなければいけなくなるというわけです。

私自身、自分が被害者になるまで、アップオアアウトに反対でした。しかし、自分が被害者となって、異常なまでの超過勤務を科せられるようになって、心底実感したのは、アップオアアウトを採用しないのであれば、経営陣には3つしか選択肢がない、ということでした。

その1つが、コンサルティングビジネスに特化することをやめて、装置産業的な要素を取り入れること。そうすることで、純粋な労働集約産業とは異なり、プロジェクトアサインができない人をグループメンバーだけではなく、装置の稼働効率で調整することが可能になります。しかし、これは組織の戦略、ビジネス設計の根幹に関わる問題です。

ですから、中長期的にこの戦略を採用するコンサルティングファームもあるでしょうけれど、すくなくとも即私が採用できるものではありません。(注:この記事から10年、本当に装置産業を取り入れるコンサルティングファームが多数出てきたので驚いています。)

2つめの選択肢が、チームメンバーに対して「○○さんのクビを切りたくないから、悪いけど、追加で残業してくれない?」と頼み続けるという方法。多くの一般事業会社で採用している方法です。しかし、事業会社と異なり完全な労働集約産業であるプロフェッショナルサービスファーム(コンサルティングや会計・弁護士事務所など)では、誰にために自分が何時間追加で働くのかということが、数値としてダイレクトに理解できます。ですから、○○さんがよほど性格が優れていて「この人のためなら、一肌脱ごう!」と思わせる人でない限り、上手くいくものではありません。

○○さんが、完全な新人であれば、半年程度はみんなこういう思いでフォローしてくれます。でも、新人でない限り、「なんであいつのために自分が、そんなに働かなきゃいけないんだ?」と、いう強烈に強いプレッシャーと会社に対する不信感を醸成することになります。

そして3つめが、チームメンバーを働かせない代わりに、アサインできないプロジェクトメンバーの分を全て管理職が追って超超過勤務を受け入れる、ということです。まあ、これを受け入れる管理職はあまりいませんが、当社でも数人はいます。でも、疲れ果てて、管理職自身が1-2年で退職してしまうようです。

当社も20人から50人に増えた時、会社の中がぶら下がりが起き始めたんですよ。ベンチャー的な要素がなくなってきて、自分が稼がなくても、人の稼ぎにぶらさがろう、というスタンスの人が増えてきました。そして、明らかにアサインメントされる可能性もないのに、自主的に退職もしない、という人が出てきました。

会社はこの時点で上述した3つの選択肢がありました。ぶらさがっている人たちに対して退職勧告をするか、放置して他のメンバーに超過勤務をさせるか、新らしいビジネス構造を取り入れるか、です。

そして、Aさん(人材コンサルタント)はご存じのとおり、私たちは間違えを犯しました、マネジャーとスタッフに追加残業をさせてるという選択したんです。

その結果、私を含め、稼ぎ頭のマネジャーとコンサルタント15人が一気に退職し、会社は立ちゆかなくなりました。

あれから数年たって「二度と同様のことを起こさないから会社に戻ってきてほしい」と言われて戻ったわけです。しかし、他のメンバーは戻ってきませんでした。こうした経緯があるため、私は、コンサルティングビジネスというだけではなく、当社の人事業務も兼任して、どうすれば、同様のことを再発させず、可能な限り、労働集約的な要素を軽減できるか、ということを考えるというお仕事をいただいているわけです。

でも、正直なところ、やはり何らかの装置産業を取り入れない限り、労働集約産業でアップオアアウトを採用しない、という経営は成り立たないのではないかと考えています。

もちろん、数ヶ月、数年であれば超過勤務でフォローをすることも可能かもしれません。

でも、自分のせいで同僚が異常な働き方をしているということを横目で見ながら退職せずに平気でいられる人がすぐ横にいて、会社に対して不信感を覚えない社員がいるとは考えにくいんですよ。

実は日本は、一度採用をした人を退職にすることがとても難しい国なんです。日本でも、戦略系のコンサルティングワームでは、入社時に誓約書を書かせるなどの工夫をして、プロジェクトアサインができなくなった時点で退職勧告をしているところもたくさんあります。また、法律上は、仕事をアサインできない人に退職勧告をすることは、本当はできるんです。ただ、慣習的に難しいため、アップオアアウトを採用しないでいこう、と考える新興コンサルティングファームが多いようです。

私が見ている限り、アップオアアウトポリシーを採用しない新興コンサルティングファームは、創業2-3年で失速しているようです。おそらくこれは、私たちが犯したのと同様の過ちをしているためでしょうね。

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この対談から、10年が経ちました。

10年間、意見が全く変わっていない自分に驚くべきなのか、それとも10年間学習をしていない新興コンサルティングファームにあきれるべきなのか・・・・・。どちらでしょうね?

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年末が近づいてくる

年末が近づいてきます。

寒さが増してきます。

会社員にとっては冬季賞与といううれしい時期です。

冬季賞与は「これから出費がかさむ時期だから、一時金を支払ってあげよう」という日本の習慣に基づいて始まったわけです。

ですから、自営業者や失業者の中には、これからの時期は本当に爪に火を灯すような倹約が必要になる方がたくさんいるのです。(私も社会人になって以来、一度も冬季賞与がある会社に勤務したことがないですが・・・)

友人が、命の電話という自殺防止ラインのカウンセラーをしています。彼女がいうには、クリスマスから年始にかけては、一番電話の本数が多いそうです。それは、金銭的な厳しさから自殺を思いついたり、忘年会の人の波の中で、ふと孤独を感じる人が多いからなのだそうです。

また、年末が近づくと、忘年会などで夜遅くまで町に人があふれます。そのため、普段、公園や店先で寝ているホームレスは行き場所がなくなって、立ち往生します。猫達も、普段だったら落ち着いて町を散歩できる深夜にも、酔っ払いに追い回されます。

町が活気を帯びる一方で、確実に、その活気の影に追いやられる人たちがいます。

今年は景気が回復し、冬季賞与が増えるようです。それは、中産階級にとってはうれしいニュースでしょう。

しかし、そうやって町に繰り出す人が増えれば増えるほど、本当に地に這いつくばるようにして、必死に生きている人たちが、生きることすら許されなくなるのです。

クリスマスのイルミネーション、なかでも特にヒイラギの飾りを見れば、私はイエスキリストが十字架の上で流した血を思い出します。そして、このイルミネーションの影で、誰からも心を傾けられず、闇に追いやられる人や動物達を思い出します。

楽しげな人たちを見ると、その裏で死んでいく人たちの影を見るのです。

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山谷にて

本日は、山谷伝道所で礼拝を守らせてもらいました。山谷伝道所は、私が所属する母教会と同じく、日本キリスト教団の東京東教区にある伝道所です。

帰りがけに、猫と遊びながら雑談をしていたら「銀座から新宿までって、結構距離があるよね」と言ったら「そうだね3時間かかるなぁ」と即答されました。

その場では、ただ頷いたけど、思い出しても、悲しくて涙が出てきます。

片道3時間かけて炊き出しに行く日々の中、3000円のドヤ費を稼ぐことすら困難です。しかし、これから年末にかけて都は、彼らを町から追い出します。

どこに行けというのでしょうか?何を食べろというのでしょうか?

裸足に近い底の減った靴で、コンクリートを6時間歩いたら、足腰には激痛が走ります。

こんな痛みを抱えながら、どこで働けというのでしょうか?

どうか、無視しないでください。どうか、心を傾けて下さい。

これから、本格的な冬を迎えます。

どうか、電車に乗る時に、その距離を歩く人たちのことを思い出して下さい。

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