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祖父の命日に思い出したこと その2(人の上に立つ覚悟)

病院で、あまりにも急なことで呆然としている私に、周囲の大人が「Lammy、考えてもみてごらん。おまえは、おじいちゃんが誰かの世話になったり、呆けて変なこと言うのを見て耐えられたのか?」と言いました。

それを聞いていた病院の看護婦さんが「ごめんね、Lammyちゃん、申し訳ないけど、今までずっと看護婦をしてきたけど、私はそんなおじいちゃんのことは看護はできなかったと思う。」と言いました。

これを聞いた母が泣きながら激怒していました。

「他人にとってのおじいちゃんと、家族にとってのおじいちゃんは全然違う!」と怒鳴ってました。

でも、実はその時に私が感じていたのは、周囲の大人に対する怒りでも、祖父を亡くした悲しみでもありませんでした。

なぜだかとても淡々と「人の上に立つということは、こういう風に思われるということなんだ」と考えていました。

人の上に立つということ、自分の夢のために周囲を巻き込んで組織をある方向に率いると言うこと、ビジョンを描き集団を統率するということ、そのためには知識やノウハウなどという小手先のことではなく「全身全霊でリーダーにならなければいけないんだ」ということを、皮膚感覚としてひたひたと感じていました。

祖父は決してスーパーマンではなく、家族にとっては問題が多い人でした。しかし、家族としてではなく、組織のトップとして考えてみると、確かに優れたリーダーであったのだ、ということを認めざるをえません。

組織における精神的な支柱であり、組織規範の生き写しという存在。

例え本人が目の前にいなくても、その人のことを思い出すと背筋がピンと伸びる存在。

反対に、困難にぶつかっても、その人のことを思い出すと「何とか助けてもらえる」と安心する存在。

さまざまな意志決定で悩んだときに「あの人だったら何て考えるだろう?」と自然に思い出される存在。

リーダーというのは、そういう存在だと思います。人の上に立つということは、場当たり的な対応ではなくて、その人の人格そのものを周囲がリーダーと認めることができる人になる、ということなのだと思います。

さて、私はどうでしょう。

16歳の私にとって、周囲が寄せる期待が重苦しく「こんなものは私は背負えない」と思いました。私は祖父の葬儀の日に「私は組織のトップにはならない」「こんなものは背負わない」と決意しました。

あれから20年以上が過ぎました。

私が所管するチームのメンバーには、心の底から申し訳なく思いますが、正直に書きます。

今でも同じように思っています。私はリーダーにはなりたくない。あんなものは背負いたくない。今でもそう思っています。

一方で、就業時間中に平気で酒を飲む管理職、組織における精神的な支柱になることを拒否する組織長、組織規範を作り上げることを「単なる間接部門の書類仕事」としか考えない経営陣に対して、心の底から怒りを感じる自分がいます。

組織のメンバーにビジョンを示し、そのビジョンのために小手先の表面的な言葉ではなく、全身全霊を捧げようとしない「自称リーダー」を見ると、何かしなきゃなあ、と感じる自分もいます。

嫌だという思いと、何かしなければ、という思いの狭間でゆれながら、10年もリーダー職をやってきたことになります。

いつか吹っ切れて「組織のトップになってみよう」と思う日が来るのでしょうか。それとも、このままなのでしょうか。

祖父のことを思い出すと「人の上には立ちたくない」と心の底から強烈に思ったことを一緒に思い出します。この記憶が薄まるのは、なかなか難しいように感じています。

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