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2007年8月

気味が悪い

今、山手線の中にいます。8人掛けのシートに座っている8人と、その前の吊革につかまっている 7人全員が女性です。

グループというわけではなく、バラバラの駅から乗ってきました。

女性車両ではないのにこういう女性ばかりのくみあわせになる確率って、かなり低いですよね。

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スパム

このブログは、トラックバックスパム防止のために、トラックバックを受け付けない、という設定にしています。

近頃はコメントスパムが毎日書き込まれます。

ブログの良さは、リンク(トラックバック)の気軽さと、情報の双方向性および即時性だったはずです。

迷惑メールに対する有効な対策が出始めて実際に機能し始めるまで、10年かかりました。

ブログは、どれくらいの期間で落ち着くでしょうね。

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言葉が気になる

私は、滅多に「○○したい」と言いません。

その代わり、言ったら必ず、実現するための努力をします。

「○○したい」と言いながら、努力をせずに時間を過ごす、という人を不思議に感じていました。
特に、採用面接や目標管理面談で「○○したい」「○○になりたい」と言いながら、自分が発言したことすら忘れている人達と接すると「嘘をついた」と感じていました。

しかし、昨日、ある人と話していて気がついたのですが「○○したい」という発言は、ようは「○○できたら嬉しいな」ぐらいの意味でしかない人達が大半で「したい」という気持ちにコミットしているわけではないんですね。

「したい」はI wantではなく、I wish の意味でしかないわけです。

私は、コミットしないときは「コミットしていないことが端から理解できる言葉」を使います。例えば「いつか○○できたらいいね」や「○○できるようになるのかなぁ」などです。

しかし、どうやら私の周囲にいる人の多くは、そうではないようです。

う〜ん、日常会話ならともかく、採用面接や上司から怒られている時には、I wish の意味で「○○したい」は使わない方が身のためだと思うんだけどなぁ。

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夕食は薬膳カレー

夕食は薬膳カレー
今日は朝から一日中冷房がきいた部屋で授業を受けていて、体が冷えてしまいました。

なので、白山の「薬膳カレーじねんじょ」に来ています。

野菜カレーに生姜と紅花をトッピングして、体の芯から温めようとしています。

食べ始めて15分くらいで、胃が熱くなって、食べ始める前よりも食欲がわいてきました。

汗をかきながら食べていると、ほどよい脱力感で、心も体もリラックスしていくのが感じられます。

感覚的な表現で申し訳ないのですが、皮膚の表面だけから汗をかくとイライラするし疲れるのですが、こういうコアからの汗をかくとリラックスしませんか?

白山店は店長がとても穏やかで、カウンターに座って店長とおしゃべりしていると、それだけでもホンワカしてきます。

ネコがたくさんいる白山神社の参道入り口あたりにあります。

追加情報:

薬膳カレー じねんじょ 白山店

東京都文京区白山5-36-2
03-3818-8902

そういえば、じねんじょのオーナーはストレス障害ケアの専門家です。食べているとリラックスできる、っていうのはもしかしたらオーナーの策にはまってるのかも(笑)

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たまにはセキュリティの話題を

今、お蕎麦屋さんでランチを食べています。

隣のテーブルに、ある会社の社員証をつけている6人組がいます。

この街で、この会社の社員証というと、データセンターの運用監視部隊です。

話の内容もハウジングサービスなので、間違いないでしょう。

この話の内容が大問題で、空調の水漏れがおきている、とのこと。

フリーアクセスの床を開けて被害状況を確認すべきと主張している人と、そこまでやったら運用確認やメンテナンスに来ているお客様にバレるからやらない方がよいと言っている人がいます。

あの〜、データセンターで空調機の水漏れって何ですか?

しかも、お客様に連絡してないんですか?

被害状況の確認もしないつもりですか?

さらに、こんな話を蕎麦屋でするんですか?

今、念のために確認してみましたけど、あなた達の業務はISMSを取っていますよね?

セキュリティっていうか、それ以前の話かもしれないですが、これが世間一般のデータセンターのサービスレベルなのだとしたら、私が担当してきたお客様のデータセンターのサービス価格が平均よりも高いのも当然なんだなぁ、と思いました。

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レーナ・マリアさんコンサートツアー決定!

4年ぶりにレーナ・マリアさんが日本でコンサートツアーを行います。

ニュースステーションで久米さんと対談をしたり、長野パラリンピックの開会式で歌ったりしたことがあるのでご存じの方も多いとは思いますが、レーナさんは生れながらの障害で両腕がなく、片脚の長さも半分の膝あたりまでしかありません。サリドマイドと誤解されることもありますが、実際には原因は不明で、薬剤による障害ではありません。

自身もパラリンピックに出場し水泳でメダルをとるなど、歌だけではなく運動も活発に行っています。また、画家としても積極的な活動をしており、絵の収益は基金にまわすなど、ボランティア活動にも熱心です。

日本では大ホールも満席にしてしまう人気者です。おそらく、レーナが日本で人気が出た最大の理由は、小中学校でレーナのビデオを使った総合的学習の授業がかなりの数開かれたからだと思われます。(レーナのコンサートに行くと子供の数がとても多いです。)

小学校で使われている教材はこちらこちらで見ることができます。

大規模なコンサートが多かった今までとは異なり、今年は教会を中心に小規模な会場でコンサートを行います。

約15年前に日本にはじめてレーナさんが来たとき(静岡)を彷彿させる会場が多く、温かくとても良いコンサートになるのではないかと期待大です!

クリスチャンにとってはチケットの入手方法は簡単なのですが、ノンクリスチャンの方には見当もつかないようで、SNSなどで「どうやって買うの?」という書き込みを見かけることが多々ありました。ですので、問合せ先と会場をこちらに集めて記載させていただきます。

総合問合先:公式サイト 

10月12日(金)グット・サマリタン・チャーチ(兵庫県猪名川町)現時点ではコンサートを開催するという告知のみ。詳しい情報は後日UPするとのこと。

10月13日(土)大阪お茶の水クリスチャンセンター(大阪府中央区)チケットすでに売り始めてます!残チケット100枚程度です。

10月14日(日)尾上聖愛教会(兵庫県高砂市松陽)

10月16日(火)大阪YMCAインターナショナルスクール

10月19日(金)会場 柏原市民文化会館リビエールホール
(チケットの問い合わせは公式サイトから)

10月21日(日)チャーチオブクライストニュージーランド日本 大阪教会(地図はこちら

大阪・兵庫だけなので、私自身はいけるかどうか不明ですが、お近くの方は是非、足をお運びください!

すばらしい歌声と、すばらしい人生に対する姿勢に、感動すること間違いなしです。

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BIOSが「何かがおかしい」と言っているのだけど、、、

壊れたLet'snoteの使い方という記事で書いたとおり、3年間使っていたR2のハードディスクが壊れました。

いろいろと調べていたら、隠しリカバリー領域を表示させるコマンド(C:\util\oxp\tools\showRHDD.js)が見つかったので、壊れたHDのイメージコピーを取ることに成功しました。

オリジナルは10Gだったハードディスクを80Gに乗せ変えて(HDDのピンを折らないと認識しなかったので買って早々保証対象外に、トホホ)、イメージコピーからデータを復元させることまではできました。

問題はここからでした。

HDを乗せ変えたのだから、とりあえず中身もきれいにしようと考えました。そのため、ハードディスクリカバリーをかけようとしたのです。

しかし、なぜだか原因は不明なのですが、BIOSからハードディスクリカバリーを起動させて出荷時状態に戻そうとしたところ、ハードディスクリカバリーが起動できないのです。

BIOS画面に「ハードディスクリカバリー」の文字は見えます。選択してみます。

一瞬画面がブラックアウトします。

でも、元の画面に戻ってしまいます。

希望としては、青い画面になって欲しいんですが・・・・・・・。

うーん、何でだろう。

ハードディスクの不良は直っているし、現時点では支障なく動いています。

リカバリーさえかけようとしなければ、何の問題もありません。

でも、リカバリーがかけられないということは、何か不具合があった時に、初期状態に戻せないということです。

BIOSレベルから見て、何かが違ってしまっているんですよね。

パーテーションの切り方が悪かったのか、いや、そんなはずはない、といろいろと試行錯誤をしたのですが、結局挫折。

Windowsが認識している範囲においては何一つ支障はないようです。

でも、BIOS君は「何かが変だ」と主張しています。ピンを折っちゃったから、HDは保証対象外だし、お願いだからHDの初期不良、なんて落ちはやめてよね~。

うーん、BIOSのアップデートをして、それでも駄目だったらエンベッデド系のエンジニアの友人になきつくことにしましょう。

ITガジェットおたくの友人以外にはまったく面白くない、役にたたない記事でごめんなさい。

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効率性が上がる、別の仕事を探してみる

私は、仕事には向き不向きがあり、この仕事で成果を出せなかったということがただちにその人の全人格を否定するものではないと考えています。

コンサルタントとしては有能ではなかったけれど、事業会社の間接部門では大変に有能に機能している、という人を多数知っています。また、私自身、外部監査人としては無能だったわけで(監査部門を4か月でクビになってますから)、他人事ではありません。

ですから、本来はある特定の業務で成長できなかったのであれば、他の業務に移動するか、当社のようにコンサルしかないのであれば退社して他のビジネスにTRYしてみる方が、会社にとっても本人にとってもHAPPYだと、強く信じています。

しかし、労基法は、「たとえ明らかに向いていない仕事であっても、できる限り採用し続けなさい」という考え方が根底にあります。これはもちろん、労働者の権利を守るためには大切な考え方です。

でも、一方で労働者が「適職を新たに見つける」というチャンスも奪っているのではないでしょうか。

もし私が18年前に「監査部門では雇用を継続できない。子会社(コンサル会社)に行ってくれ。」と言われていなかったら、今頃私は何をしていたでしょうか?

退屈さで寝てしまいそうになりながら、エクセルに数字を打ち込んで異常点を発見するという作業を続けているのでしょうか?それとも、自信を失って、家に引きこもっていたでしょうか?

いずれにせよ、今の私ではなかったはずです。

ある特定の業務で、どれほど周囲からアドバイスや注意を受けても、全く効率性が改善しない場合、それは単にその仕事に向いていないだけで、ほかの仕事であればもっと効率よく、自分も会社もHAPPYに仕事をすることができるのかもしれません。

人には向き不向きがあって、好きなことが得意なことだとは限りません。やってみたい、と思って飛び込んでみた世界が、実は全く向いていないということだってあるわけです。

ここのところ景気が回復していて、求人市場は売り手市場です。

いろいろと工夫をしてみた、それなのに全く効果が出てこない、というのであれば、この時期に次の道を模索するのも悪くないと思います。

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電車の中で新聞を読んでいるのは時間に余裕があるからかと思っていた

以前から、電車の中で新聞を読む人達を見て、不思議に感じていました。

電車の中で読むようにミニチュアライズしたタブロイド紙と違い、通常の新聞を電車の中で読むためには縦に4つ折りをする必要があります。

新聞紙面は見開き構成となっているため、4つ折りにすると、1つの記事が途中で折り曲げられることがあり、何回もページを折り曲げながら読まなければいけません。

また、真ん中あたりを手で持つため、手より下になった記事は斜めになって読みにくくなります。場合によっては記事よりも有益なことが多い広告面を読み逃す可能性もあります。

そして何よりも、見開かなければスキャニングもスキミングもすることができず、記事毎に精読(とは言いませんが少なくとも読解ではなく読書)をする必要が生じます。

そもそも全体像を見渡して、自分にとって必要な記事と興味をひかれた記事のみを読むことを前提として作成されている新聞で「スキャニングをすることができない」読み方をする、というのは大変に非効率です。

新聞を熟読などしていたら、何十時間あっても足りるはずがありません。

「聖書を読んでみようと思ったけど、あの分厚さに耐えられなかった」という意見をよくききます。聖書通読をしてみようと思いながら挫折するクリスチャンもたくさんいるほどです。

でもね、実は旧約聖書と新約聖書を合わせた総文字数は、日経新聞朝刊の平均文字数と同じなんですよ。

聖書の分厚さ、っておそらくだいたいイメージつきますよね?

こう書かれたら、新聞を精読するような読み方がいかに非効率で時間の無駄な読み方であるかはわかると思います。

また、新聞というのは何面のどのあたりには何の記事が書かれている、ということが決まっているので、全体の紙面構成が頭に入っていれば、曜日別に自分が興味がある記事がどのあたりに書かれているのかは決まっているものです。

毎日のように全体を眺めていれば、自然とこういう紙面構成が頭に入ってくるでしょうが、4つ折りにしていたら、全体像を把握するために頭の中で図形をいじくりまわさなければなりません。

こうした点でも、情報の検索性が悪く、非効率な読み方です。

私の祖父は、駅の売店に初めて書物を卸した人です。祖父は「限られた時間で最も効率的に人々が勉強をするためには」ということを真剣に考え、当時はルートの限られた書籍と雑誌を駅で買えるようにしたそうです。また、当時は宅配と駅のホームでの販売が主であった新聞も売店で取り扱うようにしたそうです。

しかしそれは、あくまでも「旅行中の人」と「たまたま寝坊して家で読めなかった人」を対象とした商品であって、毎朝の習慣として電車の中で新聞を読む人がいる、という前提ではなかったようです。

その証拠に、駅の売店で働く売り子さんに『「いつも同じ商品を買っていく人がいたら、朝の新聞配達の時に一緒に商品を届けましょうか?」と確認しなさい』と指導していました。(今これを書いていて気がついたのですが、今はやりの御用聞き商売ですね、これって。)

私も祖父と同様に、まさか視認性の悪い「4つ折りで新聞を読む」という読み方を毎日の習慣として採用している人がいる、とは思ってもいませんでした。

そのため、電車に乗って新聞を読んでいる人がたくさんいるので、不思議な感じがしていたのです。冗談でも厭味でもなく、電車でのんびりと新聞を読んでいるのだと思っていました。

しかしある日、書店で面白いタイトルの本を見つけました。「通勤電車で新聞を読む人はなぜ仕事が遅いのか」(松本幸夫)このタイトルを読んだ瞬間に「もしかして、今までに私が不思議に思いながら見てきた人たちは通勤電車で習慣的に新聞を読んでいるのだろうか?」ということに気がつきました。

ちなみにこの本のタイトルを読んだ瞬間に、私は「電車で新聞を読むことは非効率なことなのに、非効率なことを続けているということはタスクの優先順位づけをおこなうことができておらず、結果として仕事が遅い人になる」という仮説なのかと思いましが、実際には多少違いました。(新聞は自宅で読みおえているべき、という主張は同じでしたが。)

そして今日、二人の人から「朝一番で新聞を読みたいから電車の中で新聞を読んでいる」と言われ、この気づきが確信になりました。

と同時に、このことに、とてもとても驚きました。

電車の中で新聞を読むことがいかに非効率なことなのかを、数値で証明しようと考え、今日は帰りの電車の中で新聞を読んでみました。

自宅で新聞を読む場合、床に新聞を広げ、床面から1.2メートル程度上に視座を置くことで、私は約2秒間で全タイトルを理解することができます。そして、興味がある記事に付箋紙を貼るのに約5秒~10秒、ページをめくるのに約3秒、つまり見開き1ページの中から興味がある記事を見つけるて特定するのにかかるトータルは「約10~15秒」です。

電車の中で新聞を読む場合、当然のことですが一目で全体を理解することはできません(やろうとすると、周囲に迷惑をかけます。)ページをめくるのに約10秒かかります。付箋紙を張るといった工夫をすると周囲に迷惑がかかりますから、基本的には興味がある記事を見つけたらその場で読むことになります。そして、読み終わると次の記事に目をうつし、自分にとって有益かどうかを判断してから読む読まないを決める、という手順になります。

電車の中では15分で1面から5面までしか進めませんでした。一方、自宅では普段は日経新聞の朝刊を15分で読んでいます。(興味がある記事に印をつけて、キーワードをメモして、興味があるセミナーなどはURLをメモするといったことをしています。)

もちろん、私が新聞を電車の中で読むことに不慣れだ、というハンディはあります。

しかし、やはり電車の中で「スキャニング」と「スキミング」を前提とした読み物を読むのは、かなり非効率だと思います。

勉強したいけど時間がない、という意見を聞くことが多々あります。しかし、こういうことを言う人と話していると、タスクの切り分けとスケジューリングがおかしい、と感じることが多々あります。

歩きながらでも効率を落とさずにできること、通勤電車の中でも効率を落とさずにできること、オフィス、自宅、図書館、レストランやカフェ、など場所や自分の状態に応じて、最適なタスクを割り振っていけば、勉強の時間などいくらでも作り出せます。

歩いているときは、耳があいています。英語の勉強もできるでしょうし、話し方が上手なスピーカーの音声を聞いて、リピーティングをすることでスピーチの練習をすることもできるでしょう。

どうしても電車の中でないと新聞を読む時間がない、というのであれば、せめて自宅で興味がある記事に印をつける、というステップまでを完了させておいて、読むという作業だけを電車の中で行えば、今までの数倍のスピードで情報を読み取ることができるようになるはずです。

紙面をひろげて情報をスキャニングする、ということを繰り返すことで、読むスピードもあがり、情報を検索する力を伸ばすことができます。これは、新聞を4つ折りにしていたら、絶対に身につけられない、しかしとても役に立つスキルです。

もっと効率的に、システマティックに勉強をしてみてはいかがでしょうか?(勉強したいのに時間がない、と考えているのであれば、ですが。勉強しなきゃいけないけど、したくない、というのはまた別問題なので。。。。)

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ここまで変わる

夫と二人でビリー隊長の下に入隊しました。

最初は同僚にDVDを借りて1週間トライ。すごい筋肉痛に悩まされたのも最初の二日だけで、三日目からは楽しかったので、どうやら続けられそうだ、と判断して我が家でも購入。

最初の週は、ビリーバンドなしで。次の週はビリーバンドありで。そして現在は3週目に入り、腹筋プログラムを中心に応用プログラムもやっています。

で、私の成果は、というと

「体重が増えました」(爆)

あたりまえですね。もともと筋肉質で太ってないわけですから、筋トレ続けたら筋肥大で体重が増えるにきまってます。

夫のほうは、驚くべき成果がでています。本人の了解の下、写真をUPします。

使用前

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使用後(3週間後)

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縦と横にうっすらと腹筋が割れてます。本人曰く「こんなになったのは人生で初めてかも」とのこと。

使用後の写真では、腹直筋(胃の上のあたりの縦についている筋肉)が割れているのがわかりますよね。ここの筋肉が強化されてくると、胃がひきしめられるので、一度に大量の食事をしにくくなってきます。そのため、減量効果が倍増します。

先日遊びにきた友人が「話に聞いていたほど旦那さんのおなかは出てなかった」と言っていたのですが、それはこの3週間でここまで引き締まったからなんですよ~。

インディアンは「思考と心と体と魂」の全てを合わせてその人自身で、これらは密接に相互に関係しあっていると考えます。7つの習慣で有名なフランクリン・コヴィーは最新刊「第八の習慣」の中でインディアンの考え方を採用して"Body, mind, heart and spirit"のすべてをControlしていこう、と訴えました(すいません、日本語で読んでいないのでどなたか日本語で読まれた方、日本語でなんて書いてあるのかコメントで教えてください)。

"Body, mind, heart and spirit"のどれに対してもさまざまなアプローチ方法があります。世間では勉強をすることでmindをコントロールしよう、という流れが主流ですが、実は一番因果関係が明確で効果がでやすいのが「Body」なのではないかと感じています。

そして、Bodyをコントロールすることができた、という自信は"Mind, heart and spirit"もコントロールできる、という自信につながるのではないかなあ、と思うのです。

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東京都の法人タクシー全面禁煙決定

来年の1月7日から、東京都の組合に所属する法人タクシーが全面禁煙になります。大分、神奈川などに続き、とうとう東京でも実現しました。

タクシーの中で吸えない分、降りたとたんに吸い始めたり、客待ちのタクシー運転手のたばこでかえって路上が煙たくなるのではないか、という懸念もあります。そのため、タクシーよりも前に路上を禁煙にすべき、という意見もあるようです。

私個人的には、たしかに路上を完全禁煙にしていただく方が嬉しいです(とうか、そもそも火がついた煙草って危険物なので、現行法でも本当に違法ではないのか、疑問なのですが・・・)。が、実際に病気になってしまった運転手さんのお話を聞いたりすると、タクシーの禁煙が優先されるのは、喜ばしいことだと思います。

この決定に先駆けて、新橋駅には禁煙車専用の客待ちコーナーが用意され、乗客が禁煙車と喫煙車のどちらを選択するのかを確認する、というステップを踏んだようです。

私は現場を確認していないのですが、新橋駅を利用している知人によると「禁煙車は着発状態(着いたらすぐにお客様を乗せて出発する状態)」で、待機プールにタクシーはほとんどいなかったとのことでした。

一方、この記事にも登場した気管支喘息もちのタクシー運転手さんが、心配事として2つをあげてくれました。

  1. 1月7日から禁煙車として使い始めても実際に臭いが抜けて気管支に炎症がある人が安心して乗れるまでは1年かかる。体に害が出ない「本当の禁煙車」と「とりあえず禁煙にしたばかりの車」を外から見分ける方法がないと、お客様に迷惑をかける
  2. 自分は自分のポリシーなのでよいが、しょっちゅう夜間酔っぱらいに「煙草を吸わせろ」と殴られそうになる。タクシーの運転手を副流炎からだけではなくて、こういう暴力からも守る方法(煙草を吸わせろと言われた時点で警察を呼んでOKにする、とか)を考えてほしい

うーん。確かに、おっしゃるとおりです。

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ロジカルシンキング

参院選の結果を受けてポスト安倍に関する報道が激化しています。と同時に自民 民主で協調して進めることができる政策に対する批判的報道が影をひそめ、静かに、しかし確実に世論形成の根回しが進んでいることが分かります。

これは当たり前のことなので、読み手が報道の裏を読まずに盲信するほうが悪いのだと思います。
ただ、先日見たあるメディアのプロパガンダは、あまりにも受け手の知的レベルと論理性を小馬鹿にしていて、さすがに「もう少し上手にプロパガンダを発信して」と思いました。

改憲を養護するための報道で、改憲を行う理由の1つに「守ることができないことや解釈にグレーゾーンが入るものは外すべき」という理由をあげた直後に改憲派の筆頭の政治家のコメント、そしてその後にその政治家の政策を紹介する、という流れでした。最後の政治家の政策紹介で、あまりにバカバカしくなって爆笑してしまいました。

何がバカバカしいって、この政治家の基本政策のひとつが「シニア、女性、障害者の積極的雇用と差別解消」なのです。

差別の禁止は基本的人権であり、憲法で守られている国民の権利です。しかし、現実には実現していないし、グレーゾーンも多いです。

この報道をしたマスメディアは、日本国憲法には基本的人権が定められていることを知らなかったのでしょうか?それとも、知っていながらロジックが破綻していることに気がつかなかったのでしょうか?

私は、このいずれでもなく「知っていたし、気がついていたけど、大衆は気がつかないと思った」のではないかと疑っています。

この報道に対する苦情や意見がどの程度寄せられているのか機会があったらメディア側に聞いてみたいです。

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マネジメントシステムの構築支援をするということ

お読みの方に最初に謝罪します。この記事は、身内ネタです。

状況をご存じない方であっても、少しは役に立つことが書いてあると思いますが、この記事の本質は「心底腹が立っていて、怒りで寝ることもできないでいるLammyが怒りにまかせて書いている」というものです。すいません。

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心の底から失望すると同時に、腹が立って普段寝る時間になっても未だに眠くもならない、という出来事がありました。

この記事にも書いたとおり、ブランドというのは多くの場合「社員がいざとなった時には心のよりどころにしている象徴」です。

コンサルタントという私の立場からすると、クライアント企業のブランドを理解しているということは、お客様にとって大切なものがなんであるかを理解している、ということです。

私が現在行っているのは「マネジメントシステム」と呼ばれる、組織の中でPDCAサイクルを回していくための仕組みづくりのご支援です。私たちが売っているのは、モノではありません。戦略ですらありません。クライアント企業が「理想としている社風に近づくための支援」です。

こういう分野のコンサルタントが「クライアントを理解してより良くしてあげたい」と思う気持ちは、医者や治療家の「患者さんを治してあげたい」という思いと同じく、根底になければサービスをする資格がない、絶対必須条件です。

さて、こんな仕事をしていながら、お客様が一番大切にしているものの名前すら知らない、ということがありえるのでしょうか?

お客様の商品や製品の内覧会や展示会に招待してくださる、というのに「行かない」という選択肢がありえるのでしょうか?

本気でお客様のことが好きだったら、お客様の組織をよくしたいという思いがあったら、お客様のブランドを知る、使う、というのは当たり前のことではないのでしょうか?

お客様企業の商品を買う、展示会やショーケースに参加する、こういう行動を「ごますり」と思っているのだとしたら大間違いです。もちろん、売り上げが欲しいからバーターで参加している人たちがいることは理解しています。売上責任がある営業担当者であれば当然のことです。

しかし、私たちマネジメントシステムのコンサルタントにとっては、バーターでも何でもなく、純粋にお客様にとっての大切なものを理解するための行動です。それは、相手が大切にしているものを知ることが、相手を理解することに直結するからです。

ある企業の本社の近くに、この企業の製品を取り扱っている代理店が2軒あります。

昼休みにこの代理店に行くと、入口の手前で社員証をはずして入店する社員を必ず見かけます。いつも同じ人というわけではまったくなく、いろいろな人が来ます。みなさん、製品を購入するわけでもなく、ぶらぶらと店内を歩いて出て行かれます。昼休みですし、仕事じゃないわけです。

こういう時、その方がどういう表情をしていると思いますか?

先日、ある企業の社員向けの新商品・製品説明会に参加しました。

普段、仕事に対する愚痴や不満ばかりを言っているお客様が、どういう表情で自社ブランドを見ていたか、どういう口調で私に説明をしてくれたと思いますか?

その場にいなかった人たちは想像もつかないと思います。

私のお客様の大半が、内部統制やセキュリティの事務局や各部門における部門j担当者です。社内の調整役として、愚痴りたくなるようなことが多い職種ですから、滅多なことでは愛社精神なんて言葉に出して聴けるチャンスはありません。

それに、多くの日本人は文化的に、人前で身内を褒めないですよね。こういう文化的な背景や職種上の特徴を考えると、代理店や説明会に来ている社員の方々の表情見るといったチャンスを逸してしまったら、どうやったら自分が働いているわけでもないクライアント企業で、クライアントが大切にしているものを深く理解することができると思いますか?会社の中だけでお客様を見ていて、すべてが見えると思いますか?

自然に「お客様が大切にしていることを理解したい」と思えないのだとしたら、マネジメントシステムの構築・運用支援などはしないほうが良いと思います。私は、そんな人たちに対して、お客様からお金をいただくのは大変に失礼なことだと考えています。

文頭にお書きしたとおり、心の底から失望することがありました。

わたしは、この出来事で、ある人たちのコンサルティングに対して、客さまからお金をいただくことが、お客様に対する詐欺行為なのではないか、と思っています。

表面的なコンサルティングサービスには品質上の問題はなかったと思います。しかし、お客様が大切にしているものに対する思いやりがないマネジメントシステムは、時間を経過すれば必ず機能していかなくなります。

今はお金をチャージしても文句は出ないでしょう。しかし、数年後にお客様満足度調査に行った時に、この企業から何と言われるでしょうか?

この私が怒りまくっている出来事に対して、心当たりがある方々は、今後の立ち居振る舞い、仕事に対する姿勢、クライアントと向き合う姿勢、すべてを見直していただきたいと思います。

普段から友人にはいろいろと不平不満を伝えてはますが、あんまり真剣には不満に思っていないようで、仕事でストレスがたまるということはほとんどありません。しかし、数年ぶりに、心底、腹が立ちすぎて眠くなりません。

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コンサルタント出身者と、あんまり働きたがらないわけ

巷ではJ-SOXと呼ばれる金融商品取引法の施行をひかえて、昨年の春辺りから世間では内部統制の整備業務の人手がたりず、奪い合いの状態が起こっています。

監査法人や監査法人系のコンサルティングファーム出身者、米国上場企業の日本法人で内部監査や経営企画を行っていたビジネスパーソンは、具体的に何ができるかということとは無関係に、とりあえず高値で転職ができるという異常事態です。

私のところにも、おそらく私のことをまったく知らないし、私が何ができるのかもご存じないだろうなあ、と思われる人材紹介会社さんからも時々電話やメールをいただきます。(これは、私の専門スキルや能力とはあまり関係なく、とりあえず一定の経験と資格を持っている人には片っぱしから声をかけているという状況だと思います。)

こういうお電話をいただくと、「お、人手が足りないってことはコンサルティングを外注する可能性があるな。営業に行ったら仕事もらえるかも」という営業魂がムクムクと湧いてくるので、最後までお話を伺うことにしています。

ところが先日お電話いただいたある会社さんだけは「そういう会社には全く興味ないですから」と途中で電話を切ってしまいました。

どういう会社かというと、人材紹介会社さん曰く「トップマネジメントにも間接部門にも監査法人系と戦略系の両方のコンサルティングファームの出身者がとても多い会社さんでの、人事企画と内部統制構築のお仕事です。ポストコンサルタントとして最適なキャリアだと思います。」ということでした。

このトークを聞いた途端「そんな会社、絶対嫌だ。どうせ仕事もくれないだろうから電話切ろう」と思いました。

なぜ嫌だと思ったかはさておき、仕事をくれない理由は明確です。

コンサル出身のお客様って、すごく付き合いにくいんです。コンサル出身者が多い会社は、コンサルファームに対して提案書を出すように依頼をします。そして、提案内容を熟読した上で、どの会社の提案も採用しない、ということが多々あります。コンサルティングビジネスで一番頭と時間を使うのは、プロジェクトの設計段階です。詳細提案をするということは、いくつかの仮説を提示した上で、プロジェクトをタスクベースに落とし込んでスケジューリングもして文章化をするということです。そのためには基礎データは購入して分析をしますし、場合によってはそのデータを提案書に添付します。

プロジェクトマネジメント能力に長けたコンサル出身者が多数いる組織であれば、数社からの提案書があればその後はその提案書のいいとこ取りでプロジェクトを設計しなおして、自分たちで進めていけばよいわけなので、コンサルタント達は不要なわけです。

私自身も某事業会社に出向していたときには、同じことをしてましたので、あまり人様を責められた口でもないのですが、いずれにせよ「発注責任者や契約交渉先がコンサルティングファーム出身者」というのは、あまり嬉しくありません。

というわけで、提案の機会はたくさん下さるだろうけど、おそらく発注してくださることがない相手に営業に行くのは馬鹿らしいということです。(おそらく、同意見ですよね?>コンサル出身の皆様)

では、なぜこの会社に対して「そんな会社嫌だ」と思ったのでしょうか。それは、私のコンサルタント出身者に対する懸念があります。

例えば、大きな不祥事を起こし世論を敵に回し、業績回復を行うことが難しいと思われる企業があったとします。財務諸表、株価、株価予測、資本政策などを分析すると「このまま組織を存続させるよりも清算した方がいい」という判断になったとします。

こんな時、コンサルタントやポストコンサルタントの人たちの中には、当然のように「あの会社もう無理だよ、さっさと清算しちゃえばいいのに」と発言する人が多数います。そして、数字的にはそれ以外の選択肢がない以上、この意見に同意をするのが当然でしょう、という態度で同意を求めてくるわけです。

つまりそこには、その組織で働く人たちへの共感や同情が皆無なわけです。

以前にこのブログでも書きましたが、私は以前、ポストM&Aの人事融合政策やプレM&Aのデューデリジェンスをしていました。その際、私の上司となるマネジャー達が当然のこと、という態度で「不採算事業の売却・撤退、吸収された企業側の間接部門の人材の解雇」というレポートを書くのを見ながら、「何かがおかしい」と思い続けていました。

確かに数字で見ればそれが正解に見えます。しかし「数字では見えないけれど、何かがおかしい」そう思いつづけました。

実際、数字上は正しいとしか思えない選択肢の多くが悲惨な結果をもたらしてきました。そして、コンサルタントや会計士を入れずに自社だけでポストM&Aを乗り切った組織の中には数字的には正しくない選択をしたにも関わらず、想定以上のシナジーを生み出し、大きく飛躍する企業が少なくないことに気がつきました。

そして、この両者の違いは数字ではなく、世間一般では数値化することが困難だと言われている「統制環境(社風や社員のコンプライアンス意識、モチベーション等)」に起因するのではないかと思い至りました。(もちろん、私は心理学の出身なのでこういう結論になったということには大きなバイアスがかかっている可能性もあります。)

この結論の正誤はいまだに不明ですが、とりあえず当時の私は「数値化できないと呼ばれているこれらを数値化・指標化して、今までの数字中心の組織再編論が間違えているということを証明してみせるぞ!!」と燃えたわけです。

そして、インタレクチュアルキャピタル(無形資産)の数値化、バランススコアカードによるお客様志向・社員志向・学習する組織の成熟度の数値化によって、異なる2つの組織の融合がどの程度困難であるのかを予測するモデルを作ろうとしていました。

さて、こんなことを始めた社員を、勤務先である監査法人や、M&Aにおける業務提携先であった戦略ファーム(+証券会社)は、この試みをどのように見ていたでしょうか。

多くの人たちは、かなりの困難をともなうこうした指標の数値化よりも、財務データと株価を中心とした表層的な組織分析を採用し続ける方がビジネス効率が高いと主張しました。しかし、ブランドなどの財務指標化しやすい無形資産の数値化は進められました。(監査法人やコンサルティングファームの立場に立てば、たしかにそれは間違いなく「ビジネス効率が高い」です。しかし、それがクライアント企業のビジネス効率であるかどうかは甚だ疑問です。)

このように、コンサルティングファームに長くいると、簡単に数値化することができないものを判断材料に採用しなくなりがち、という傾向があります。

もともと、上昇志向やブランド志向が高く、人より上に立ちたいという気持ちが強い人が有名コンサルティングファームには入ってくる傾向もあります。

この2つの傾向が相乗効果となって「他人に共感することができない」働くロボットのようなコンサルタント、ポストコンサルタントが大量に製造されるわけです。

私のビジネススタイルをリアルでご存じの方はお分かりのとおり、私は自分の部門にコンサル出身者を採用しようとしません。それは、多くの場合、コンサルティング業界が長くなればなるほど、そして優秀であればあるほど、私にとっては受け入れがたい上述の傾向を身につけている可能性が高いからです。

多くのポストコンサルタントにとってクライアント企業が抱えているブランドは「儲けるための無形資産」であって「クライアント企業の社員が心のよりどころにしている象徴」ではありません。しかし、本当のブランド価値はどちらでしょうか?消費者にとっての訴求力、それも確かに大きな価値です。しかし、組織が再生するための底力となるのは、そのブランドの社員に対する求心力ではないのでしょうか?

ある企業が主要ブランドから撤退するという計画を白紙撤回したというニュースを見て、コンサル出身の方が「あの会社に将来はないんだから早めに清算すべきだ」「あのブランドはもともと利益率が低いんだから、こんなことやってる場合じゃない」と発言しました。しかし私はこのニュースを見ながら「あ、この会社は絶対に再生する」と思いました。

当時この企業は、数値的には絶望的でした。このまま業績悪化の一途を進んで、どこかに買い取られるという魅力すらなさそうでした。しかし、この利益率が低い主要ブランドに対する社員の思いをくみ取った経営陣が、撤退を白紙撤回したわけです。

コンサルティングファームは、こうした方がよいだろうなと思ったとしても数値的な裏付けをすることができないこうした提案をすることが難しいです(価値基準として愛社精神などというものを持っていない人が多いということもありますが・・・・)。ですから、バランススコアカードなどによる数値化が道半ばの現在においては、こうした「数値化することができない提案」をすることは、とても困難です。

しかし、現在私が従事している「マネジメントシステムを構築する」というコンサルティング分野においては、この「数値化することができない」ことこそが、もっとも大切な重要成功要因だと考えています。

さて、ここまでお読みになれば、なぜ私が「そんな会社嫌だ」と思われたか、お分かりのことと思います。

組織のマネジメントシステムを構築するにあたって中心となるのは、トップマネジメントと間接部門です。そこに、数値化できないものは切り捨てるという傾向が高い人たちが集まっていたら、どういう組織になるでしょう?

少なくとも私は、絶対に働きたくないタイプの会社です。

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