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高橋潤二郎語録1:あいつは人生のどっかで人を怒鳴るってことを覚えちまったんだな

土日に受講した講座の中で、講師の方の「人生で恩師に巡り合えるということはとても素晴らしいこと」とおっしゃった際に思い出したことを書きたいと思います。

高橋潤二郎先生は、私の学部時代の指導教官です。専門は計量経済学なのですが、私が入学したキャンパス(SFC)の創立の立役者であり、当時の先生はすでに「教授」というよりは「経営者」という方があっていました。そのため、今振り返ってみると、先生がやりたかったことは「アクションラーニングの実験を通して新しいキャンパス像を作り出すこと」で、何か特定の分野の研究ではなかったようで、私たちゼミ生はあまり一貫性はない分野を研究していました。

15時からは始まるゼミは、毎週21時まで続き、近くのファストフード店に夕食を調達してくると、深夜まで続くことすらありました。ゼミの準備のために宿題の論文や書籍を熟読、要約し、その背景にある作者の思考パタンを分析してプレゼンテーショーン資料を作成し、ゼミの当日は全員がその資料をもとにプレゼンテーションを行いました。私は先生のゼミで、プレゼンテーションの方法、資料の作り方、ロジカルシンキング、チームワークの基礎を叩き込まれました。冗談ではなく、今の仕事よりも学部のゼミの方がきつかったです。

先生はゼミ生の発表のレベルが低いと、激怒して教壇を蹴りつけたり、椅子を投げ付けることもある、どちらかというと粗暴なタイプです(先生、読んでたらごめんなさい。笑)。

ある日、ゼミの直前にあったマルチメディア論の授業の中で、その授業を担当しているA先生がスチューデントアシスタントのX君のことを怒鳴りつけて、授業が中断しました。このため授業が延長し、ゼミの開始が遅れました。その際に高橋先生が言った一言が、タイトルの「あいつは人生のどっかで人を怒鳴るってことを覚えちまったんだな」です。普段の高橋先生の態度が態度なので、おかしいやらあきれるやらで、鮮明に記憶に残りました(笑)。

その後ずいぶん時間が経ってから、先生に発言の真意を確認する機会がありました。その時の先生の発言をまとめると、

「俺は怒鳴るが、それは心の底から怒っているから怒りが暴発するだけだ。Aさんは、心の底から怒りを感じているんじゃなく、怒ることで相手を操作しようとして、怒ることを手段にしてる。」

「俺は、理不尽なことでは怒らない。それに、怒ることで、お前たちが変わるとも思ってない。ただ、腹が立つから怒らざるをえないんだ。でも、Aさんは怒ると自分が得するってことを、経験的に学んじまって、お前たちを自分に都合がいいように変えようとして怒ってる。」

「聖人君主じゃないんだから、怒ることはあるし、いらだつことはある。でも、俺は俺が怒ればお前たちが変わるなんて期待してないし、俺が怒ったからって変わるような奴(主体性がない奴)なら、ゼミから出てけ!」

といったことでした。高橋先生は、私たち学生の可能性を信じていました。そして、私たちが、先生のことを怖がって変わるのではなく、自分の意思によって変わるという選択をして欲しいと望んでいました。時には(年中?)、感情が暴発・暴走してゼミを放棄して帰ってしまうこともありましたが、それでも、先生が私たちをコントロールしようとしているわけではない、ということは十分理解できました。

その後、私はSFCで研究員として活動したため、A先生とも一緒に研究をする機会がありました。その際に、高橋先生が言っていたことの意味がとてもよくわかりました。A先生は、怒鳴ることや怒ることで相手を威圧し、自分にとって不利益な状況を都合が良い状況に近づけようとしているのであって、怒りを感じているから怒っているわけではありませんでした。

そして、その態度には、相対している人に対する「愛情」や「感謝」は、これっぽっちも感じることがありませんでした。私だけではなく、多くの研究者がA先生から離れていき、今でもチームを組んで継続的な研究をすることできずにいるとうかがっています。

人間は「魔の二歳児」と呼ばれる時期に、泣いたり叫んだり暴れることで周囲をコントロールすることができるのだということを学びます。しかし、大人になるにつれて、このコントロール方法では、短期的には効果をあげても、長期的には人間関係を壊し、自己肯定感を下げるということを学び「実は、マイナス効果しかないんだな」ということを学んでいる人たちがいます。一方で、こうした学びをせず、短期的に効果をあげるために、怒鳴ったり・威圧するというコントロール方法を好み実践している人もたくさんいます。

高橋先生は、確かによく怒鳴る先生でした。しかし、私は先生が私をコントロールしようとしていなかったことを、十分理解しています。ですから、怒鳴ること=コントロールすること、だとは思いません。

しかし、世の中には怒鳴った直後にニコニコと話をすることができる(=感情の暴発としてではなく演技として怒る)という人がたくさんいます。怒鳴り、威圧し、不機嫌な顔をすることで相手をコントロールすることができる、という成功体験を繰り返し、こうしたコントロールを、まさに「学習」してしまっている状態です。

しかし、こうしたコントロール方法ではない方法「も」学習している人の目からみると、まるで二歳児が駄々をこねているかのような幼児性しか感じられません。私は、20歳という早い段階で、高橋先生をとおして、怒鳴ることで人をコントロールすることの幼児性と、そして人間はこうした幼稚な方法以外を学習し身につけることができるのだ、ということに気づかせていただきました。心から感謝しています。

冒頭でお書きした講座では、こうしたコントロール型のマネジメントやコミュニケーションがなぜ発生するのか、といったことも学んでいます。15年以上前に高橋先生を通して学んだことを、心理学というフレームワークをとおして論理的に再整備している最中です。とても面白くて、わくわくしています。この講座で学んだこと、気がついたことはまた別の機会に書きたいと思います。

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