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何にワクワクするかは人それぞれ

多くの企業が来年度計画の大詰めを迎えているのではないでしょうか。私も、御多分に漏れず、自分の会社と、お客さまの会社の来年度予算や来年度計画策定のお手伝いをしています。

来年度の話をする時に、数字から詰めるタイプの人と、ストーリーから詰めるタイプの人がいます。私は、典型的な後者のタイプで、前者のタイプの話を聞くと、精神的にかなり白けてしまいます。どちらが良いとか悪いというのではなく、単なるタイプの違いなのだと思います。

先日、BONESという大好きなドラマを見ていたら、古代人の骨を前にして、考古学者と生物学者が喧嘩をするというシーンがありました。考古学者は、服飾品から古代人の生活や家族構成、職業、職位を想像し、人物像を描き出そうとします。生物学者は、遺骨を解剖してさまざまな検査をしようと主張します。しかし、考古学者は、想像上の人物像を語り「この人と家族に対する冒涜になるから、解剖は許可できない」と主張します。

この話をしたら、医者の知人は「解剖したら、もっといろんなことが分かるのに、もったいない」と言いました。しかし、私は考古学者と全く同意見でした。どちらが正しいとか間違えているというのではなく、思考のパタンの違いなのだと思います。

来年度の組織の在り方を考える際に、まずは数字から語り、数字を合意してからストーリーをつめていく、という方法が悪いというわけではありません。ただ、私があまりワクワクしないのです。

経営品質賞(日本経営品質賞、欧州経営品質賞、米国国家経営品質賞)では、数字は結果指標(KGI)であり、CS(顧客満足)とES(従業員満足)が先行指標(KPI)であると考えます。つまり、CSとESをつきつめていけば、数字は結果としてついてくるという考え方です。

数字先行で考える人からすると、甘ったれた夢物語に思えてしまうようですが、実際には単なるタイプの違いというだけで、結論は何も変わりません。

CSとESをとことん語りつくせば、必ず数字も話題として出てきて、結果的には、数あるKGIの1つとして数字も合意されるものです。売上や粗利だけではなく、ESもCSも、業務のプロセスも、戦略目標の達成度合いもすべてKGIまたはKPIとして定義されるため、売上数値先行で語るタイプの人よりも、結果的には多くの測定可能な数値目標を持つことになります。

来年度の数値目標を考えろ、達成しろ、コミットしろと言われても全くワクワクしませんし、興味も湧かないのですが、これが「組織をどういう風にしたいのか、どういう言葉で表現できる雰囲気にしたいのか、どういう価値観を浸透させたいのか」と言われれば、結果的にはそれを達成するために必要な売上数値を達成するための手段を考えますし、コミットもします。

人は、自分がワクワクしたり慣れ親しんだスタンスを、誰もが採用すべきであると考え勝ちです。自分にとっての常識が、他人にとっての常識だと考えてしまいやすいものです。特に、こうしたスタンスの違いは、トップマネジメントにとっての常識イコール正解で、その他のスタンスは誤りとみなされることが多々あります。

そんな時、多様性を認める素地があれば、人の意見に耳を傾けようとするものですが、その素地がない組織では、トップマネジメントの常識を組織構成員全員で採用する以外の選択肢が許されなくなります。

しかし、上述のとおり、どっちのスタンスを採用しても結果は同じなのですから、どちらを採用しようと勝手なはずです。どちらか一方を強要しようとすれば、反対のスタンスの人のモチベーションが著しく低下することになります。それにも関わらず、多くの組織では特定のスタンスしか認めようとしません。

経営品質賞に取り組む組織では、売上数字から語ろうとすると白い眼で見られますし、売上至上主義の経営スタイルの会社では、ストーリーから語ろうとすると甘えているとみなされます。

こんなに些細なことなのに、なぜ、多くの組織では、トップマネジメントと異なるスタンスを認めるのが難しいのかなあ、と感じてしまいます。

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