ヤマ2:アステーヤ(不盗)に対する私の考え
もの、時間、労力、エネルギーなどを不当に人から奪わずにすむように、タスクやスケジュールを管理し、必要な人とはシェアするようにしています。また、不必要なものを買ったり、食べたりすることも少ないと思われます。
しかし、動植物の立場に立つと、私は他の人間と同じように、不当に彼らの命を脅かし、権利を奪っています。
例えば、今私がこうした作業をしているこの空間は、おそらく30年前は野原で、そこで生活する動植物がいたはずです。この土地で生きる権利を不当に奪った人間がいて、私はその人が建てた建物で作業をしているわけです。これは人が盗んだものを使っているのであって、私が盗んだことと何も代わりがありません。
こうした視点に立つと、今の生活のままで不盗を実践することは不可能に思われてきます。
これが完全に実現された世界が天国であって、神様の存在を常に身近に実感する世界なのではないでしょうか。
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