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突然管理職になったら

4月に入ってから、私が始めて管理職になったときのことを思い出させる出来事が重なりました。

私が始めた管理職になったのは24歳の時。主任から突然、某研究所のシステム管理責任者として管理職になりました。通常は主任→係長→課長という順番なのですが、

  1. 前任者が仕事中に脳溢血で入院し復帰の目処が立たなくなった
  2. システム構成を知っているのが私しかいなかった
  3. 安全対策事業所認定とISO9001の審査3ヶ月前で責任者不在のままでは審査に受からなかった
  4. 半年後の株式上場を控えていたため、権限規定と実情が異なるわけにはいかなかった
  5. Lammyは理事長の会社からの出向社員だし、一応某国家資格を持っているから、突然出世してもプロパー社員は納得してくれそうだった
  6. 出向元では組合役員を経験しており、一応の管理職トレーニングは受けていると考えられた

という事情により、突然、課長になりました。いくら出向とはいえ、通常33-6歳でなる課長という職位に24歳の若造がなったわけですから、積極的に仕事を教えてくれる人は社内では限られました。

初めの3年間は、私のチームの人々は不幸だったと思います。人の上に立つためには最低限度のコンプライアンス意識・知識を持ち、下の人間よりも専門知識は豊富であり、何よりも人の心の機微が理解できなければいけません。私はこの3つのどれも足りていませんでした。

初めて管理職になって2年後に出向元に戻りました。出向元は典型的なコンサルファームのピラミッド組織で、人間性に問題がある人はたくさんいましたが、専門性が私よりも低い人が私の上司になることは絶対にない組織でした。そこで学んだことは、管理職として人の上に建つためには、

  1. リーダーシップ(ビジョンを描き人を率いる力と実績)
  2. 組織のマネジメント力
  3. 専門性

のいずれかが必ず必要で、1.2があれば3がなくても管理職として機能することはできるけれど、1.2がなく3しかない人が管理職になると組織は長期的には衰退していく、ということでした。

年次を重ねていくことで、3の経験は向上します。しかし、1.2はどうでしょうか?

ましてや、私のように出向先で突然管理職になってしまうケースでは、本業が違うわけですから、3すらないわけです。当時は「わーい 出世したぞお」という気分があったことは事実です。下につけられた人たちの気持ちや苦労など考えもしませんでした。

しかし、今振り返ってみると、あの人事は会社のフレームワークという都合だけであり、従業員のことは全く考えていないひどい人事だったと思います。

もちろん、会社は株主のものであり、株主が派遣している社員が管理職につくという考えに基づいた人事はよくあることだと思います。しかし、それでも私は、10年前の私に対して「それは間違えている、お前は拒否すべきだった!」と強く言いたい。それは、今の私は「会社は株主だけのものではないし、ましてや、株主が管理職をトレーニングするための場ではない」と考えているからです。

今は、突然の抜擢人事というのは誰の目から見ても納得性が高い、よく準備されている人に対して以外はすべきではないし、もし抜擢人事をするのであれば、した人間が組織に対して頻繁に誠意を込めて何度も繰り返しその背景や理由を説明し続けるべきだと考えています。

王権神授説に立つか、王権義認説に立つかと言われたら、管理職としての私は義認説に立つからです。(部下としては王権神授説に立ちます。)

  • 王権神授説:神(組織)が任命さえすれば無条件でその権力を有するという考え
  • 王権義認説:民が権威を認めて初めてその権力を有するという考え

例えば、将来管理職としてきちんと機能したいと考え、自分のお金と時間を使って、中小企業診断士やコーチングの勉強をコツコツと続けている従業員がいます。今はまだ準備が足りていないけれど、あと1年もすれば社内での評価も「ああ、あの人だったら管理職になっていいんじゃない?」という評判になりそう、という従業員がいたとします。

そこに、私のように出向元からの落下傘や、中途社員として入社したら前職との給与体系の関係だけで管理職になった人がいて、会社のお金と会社の時間で管理職研修を定期的に受けたり、資格の勉強をしたとします。しかも、それは会社の命令なんだから会社の時間で受けるのが当然、という態度を取ったとします。

しかも、自分は会社に言われて管理職になったばかりで、経験がないことは分かったうえでのアサインなんだから、下手でも仕方ないでしょう?という態度を取ったとします。

さて、コツコツと努力を続けてきた従業員はどんな気持ちになるでしょうか。

周りの社員達はどう思うでしょうか。

努力を続けてきた人と、落下傘を見比べて、組織がどうなっていくのか、火を見るよりも明らかです。会社はそういった人事はすべきではないし、どうしてもそうなってしまうのであれば、説明に最大の配慮と時間を割くべきです。

管理職になって5年が経過した頃、ようやく管理職としてどのコンサル会社でもやっていけるという実感が湧いてきました。今は、2-3ヶ月も働いていれば、その会社が長期的に発展していくために、売上げを伸ばすという以外にどこに注力すべきなのか、今応急処置として何をすべきで、長期的な改善として何に着手すべきなのか、随分と見えるようになりました。(見えたことに着手するかどうかは、経営会議の判断次第ですが。)

これが見えてくるようになった頃から、ヘッドハンティング会社からかかってくる電話の種類が変わってきました。今までは専門職(セキュリティ分野やリスク管理分野のコンサルタントや内部監査室)としての誘いだったのが、部門の管理職としてのお誘いに変わってきたのです。

私が試行錯誤しながらやってきたことは、おそらく世間一般ではごく当たり前の流れで、ヘッドハンティング・エグゼクティブハンティングのコンサルタント達の目からは、管理職としての準備が出来ている人とそうではない人というのは、とても明確に区別できるものだと思います。

実際、自分自身がこの段階に到達してみると、管理職としての職位がふさわしい人、あともう少しで管理職になれるけれどもう少し努力が必要なチームリーダークラスの人、あともう少しでチームリーダーになれる人、などかなり明確に見えてくるようになりました。また、特に「あともう少しで管理職になれる人」に関しては、何が足りないのか、今何をすべきなのかが見えるようになりました。

しかし、振り返ってみると、これが見えないのに管理職であった年月が5年間もあったということになります。それは、チームに対して詐欺に等しい行為だし、私はその5年間分の管理職給与は全部返却して、チームメンバーに謝罪して回るべきだと考えています。その5年間で私が犯した失敗も多く、中には人の一生のキャリアに影響を与えたであろうと考えられる失敗もありました。

管理職になるということは、出世のただの1ステップではないし、嬉しいなあで済むことではないと思います。自分の能力を冷静に判断し、見極め、己が不十分だと思うのであれば本来は辞退すべきだと思います。もしそれが組織の都合上、適わないのであれば、謙虚に「自分の能力が不足しているので協力してほしい」というこをと周囲に申し出て、周囲から支えてもらえる人間関係を構築することに注力して欲しいと思います。

実力がなく、謙遜さもない人は、人の上に立つべきではないと思います。

イエス・キリストは言います。

「あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、いちばん上になりたい者は、すべての人の僕になりなさい。人の子は仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのである。」

アーメン

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